「うおらああああ! 待ちやがれええええ」
「ぎゃああああ!」

 ドドドドドという地鳴りがした後、誰かの怒鳴り声と悲鳴が響き渡った。うとうとと船を漕いでいた僕はハッとして起きる。一瞬だけ凄く大きくなって、今はもう遠ざかっているこの騒ぎを誰もが気にした風はない。

「今日も元気ですね、先生は」

 授業をしていた木暮先生はくすくすと笑いを漏らす。クラスメイトも笑みを浮かべる。僕は欠伸をして、隣の赤音に小声で声をかける。

「…またあの先生?」
「うん、久城先生だよ」

 赤音は口角を上げて先生の名を告げる。この学校に転入してきたばかりの僕は、日常茶飯事だというあの騒ぎに慣れていない。何で放置しているんだろう、と思って赤音に訊いてみると、こんな答えが返ってきた。

「面白いじゃん。それに、あの先生に注意したって聞かないよ」

 立派な授業妨害――僕の場合、睡眠妨害でもある――だと思うけど。あと、注意しても聞かないなんてどんな先生なんだよ、と久城先生に対して不満ばかりが募る。クラスの女子たちが凄い格好いい先生だと噂をしていた。顔が良くても性格が悪かったらダメだろうと思う。でも、チョイワルなところも点が高いようだ。僕には良く分からない。

「――はい、じゃあ七十八ページ開いて」

 木暮先生の声に、意識が戻される。教科書を開きながら、チラリと木暮先生を盗み見た。格好いい人といえば、木暮先生もその中の一人だ。僕は久城先生を見たことがないから何とも言えないけど、性格も含めたら絶対木暮先生の方が良いと思う。――それに、木暮先生はあの人に似ている。顔を見たことはないけど、雰囲気があの人そのものなんだ。
 僕は視線を教科書に戻す。眠気はすっかり飛んでいた。




「池鶴くん」
「ん?」
「ごめん、今日の当番変わって貰ってもいいかな?」
「あ、うん、分かった」

 ごめんねともう一度謝って、同じ図書委員の田中さんは慌ただしく教室を出て行った。転びそうで危ないなあ、と後ろ姿を見ていると、肩にずしりと何かが乗る。

「何、今日一緒に食べれないの?」
「うん、みたい。ごめん」
「オーケイ、じゃあまた後で」
「うん」

赤音は弁当を持ち、ひらひらと手を振ってくる。僕もそれに返して、図書館へ行くべく教室を出た。