職員室に向かっている途中で本鈴が鳴った所為か、人の姿はなかった。俺は今更遅刻なんてどうでもいいし、的場も得に焦っている様子はない。
 職員室に着くと、的場は何も言わずさっさと入ってしまった。後に続こうとして、躊躇う。俺がいじめられているのを見て見ぬフリをしたやつらが、この中に…。憎しみと悲しみが混ざり合って、溶けた。中に入るのはやめよう。恐らく的場は、すぐに出てくるはず。
 壁に背を預けて待っていると、誰かがこっちに向かって歩いてきているのが見えた。全く知らない人物だというのに体が震えて、情けなくなった。俯いてやりすごそうといていると、職員室のドアに手を掛けたその人が、こっちをチラリと見た。

「君、何しているの? もう授業が始まっているよ」

 それはお前もだろう、と思ったが、聞き覚えのある声に段々と血の気が引いていく。顔を上げなくても、その人物が誰か分かってしまった。

「ちょっと、聞いてる?」

 ぐいっと肩を掴まれてびくりと体が震える。今、彼がどんな顔をしているのか容易に想像できた。愛想笑いを仮面のように身につけて、内心では人を見下している。

「もしかして体調がわる――」

 顔を覗き込まれて、視線が合った。青みがかった綺麗な瞳が、大きく揺れる。俺は慌てて視線を逸らしてできるだけ顔を遠ざけた。

「君は…」

 直ぐに暴言を吐かれると思っていた俺は、童話に出てくる王子様のような彼――副会長の顔に違和感を覚えた。副会長は、モヤモヤとした顔で何かを俺に言いたそうにしている。だけど俺がその理由を知るはずもなく。副会長が考え込んでいる間にジリジリと離れていく。
 的場には悪いけど、今日はもう帰らせて貰おう。今日は会いたくないやつばかりになってしまった。

「ねえ」

 あと少し離れたら走って逃げよう、と思っていると、突然腕を掴まれる。ひっ、と悲鳴が漏れた。

「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな」
「良くねーです」
「っ!?」

 的場が俺の腕を掴む副会長の腕を一瞥して、べりっと剥がすとそう言った。副会長は目を見開いて的場を見る。

「誰なの、君は」
「すみません、待たせました。行きましょう」
「ちょっと」

 副会長の顔が引き攣る。的場は俺の腕を引っ張って歩き出した。俺はホッとして的場に付いていく。
 チラリと後ろを振り返る。副会長は、追っては来なかった。