「……ッチ」

 興をそがれたのか、舌打ちをして乱暴に手を放した。尻餅を付いて咽ていると、上から鋭い視線を感じる。顔を上げれずにいると、再び大きな舌打ちをして、足音が聞こえた。チラリと横に視線を移すと、不良のものであろう足が遠ざかって行っているのが見える。ホッと息を吐いた。
 野次馬もやがて興味を失ったのか散っていった。

「大丈夫ですか」
「…あ、ああ」

 大丈夫とは言ったものの、手は小刻みに震えていた。治りかけた風邪が再発したかのように、顔が熱くなり、くらくらとした。怠い。もう帰りたい…。教室に行けばまたあいつらに絡まれるのかと考えると、ここから動きたくなかった。

「的場…」

 悪いけど、一人で行ってくれ。そう言おうと思って口を開いた。

「立ってください」
「え…」

 しかし、俺の言葉を遮って、的場がこっちを見た。

「逃げるつもりですか」

 ずっと。
 その言葉がぐさりと胸に刺さる。何で、会ったばかりの奴にそんなこと言われなきゃいけないんだよ。どれだけ俺が辛かったのか、知らないくせに。
 
「何かあったら俺を頼ってください。あと、すぐに俯かないこと」
「…なんで、俺にそういうこと言ってくれるんだよ」

 顔を顰めながら的場を睨むと、的場はふ、と息を吐いて呟いた。

「さあね」

 ――…今のは、もしかして笑ったのか…?
 表情が全く動かなかったので自信はないが、少しだけ雰囲気と声が柔らかかった気がする。

「立ってください」
「…あぁ」

 きっと俺が動くまで言い続けるつもりだろう。俺は苦笑して、立ち上がった。立ち眩みをして思わず的場の肩を掴む。…そういえば、久しぶりに自分から他人に触れたな。触れたっていうか、咄嗟に掴んじゃったって感じだけど。

「えと…ご、ごめん」
「いえ」

 的場はそれだけ言って、歩き出した。俺は重い足取りのまま、それに付いていく。…目指すは、職員室。