「入ってるわけねーだろ!」

 顔を歪めて怒る稲森をじっと観察する。…怪しい。何でそんなに怒ってるんだ。入ってないなら入ってないと一言だけでいいのに。

「大声出すなよ」

 七城がムッと顔を顰めて稲森を見る。稲森は鼻を鳴らしてそっぽを向くと、うるさいと一言漏らした。

「うるさいってお前の方がうるさいだろ」
「うるさい」
「お前いい加減にしろよ」
「……お前ら、仕事しろ」

 げんなりとしながら言い合いを止める。

「あ、す、すみません!」

 七城はすぐさま稲森を睨むのを止め、俺を見て眉を下げた。稲森の反応はなし。
 
 ……稲森が、あそこの場にいたとして。問題は、誰か、ということになる。稲森は甘いもの好きを公言しているから隠す必要はない。でもあの中に稲森と思われる奴はいなかった。つまり、正体を隠して参加しているということ。それはイコール、バラせない理由があるということだろう。
 ――。俺は先程相楽が入ってきたことを思い出す。まさか、あいつとグルになって潜入した…? いや、しかし…稲森を選ぶ理由は分かるが、稲森がそんなくだらないことを了解する理由が分からない。
 顔を上げると、稲森と視線が合った。その探るような視線にぎくりとする。不自然にならないように顔を逸らし、書きかけの書類を見た。相楽だけではなく、稲森にも気をつけなければならない。俺はぐっとペンを持ち直して、紙に走らせた。



 十夜が書類を出しに行って、俺が奥の部屋に資料を取りに行って戻ってくると、稲森がいなかった。俺は目を細くして稲森のデスクを見つめる。

「おい、稲森は」
「…それが、携帯見ていたかと思ったら急に血相変えて出て行って…。引き止めたんですけど、俺の声は聞こえていないみたいでした」
「血相変えて…?」

 一体何があったんだ? …そういえば、荷物はまだここにある。帰ったわけではないか…。