高槻がスッキリした顔をしているので、もう話したいことは残っていないだろう。俺は高槻を一瞥して、ドアの方へ進む。こっちをじっと見つめる田口が飼い主を待っている犬のようで笑いそうになった。
 図書館を出ると、少し離れた場所に井手原がいる。その顔は恐怖に染まっていて、俺は田口をチラリと見た。俺の視線を受けた田口はぶんぶんと首を振る。

「俺何もしてねえよ!?」
「それは分かってる」

 数日間一緒に過ごして、田口が弱い者を虐げるような奴ではないということが分かった。井手原が怯えているのは、田口の存在自体にだろう。

「待たせたな、井手原」
「あ、いえ…」

 井手原はハッと顔を上げて、直ぐに視線をうろうろと彷徨わせる。田口は居心地悪そうに髪を掻いた。

「じゃあ」

 また、いつか。そう言って俺は奴らに背を向ける。ああ、という高槻の声に手を上げて応えた。




(side:高槻)

 去って行く背中を見つめていると、井手原がポツリと呟いた。

「社に謝るのを、忘れていました…」

 誠春に対して嫌がらせをしたことを謝りたかったのだろう、沈んだ顔をしている。俺は謝られた誠春がする反応を思い浮かべて、笑みを向けた。

「あいつはそんなこと気にする奴ではない」

 井手原の存在も知らないくらいだ。逆に謝られたら誠春は嫌がるだろう。

「じゃあ、帰るか」
「あ、はい!」

 人気のないある意味不気味な図書館を離れ、俺たちは寮へと向かった。――俺たちを見送る、無感情の視線に気づかずに。