(side:孝志)

 俺は今、気分が良かった。何故なら、ある者の秘密を握ったからである。締まりのない顔をして久しぶりに訪れる教室に向かっていると、見慣れない後ろ姿が目に入った。足音を立てずに近づくけど、気配を感じたのか振り返って目が合った。その顔に目を丸くする。

「白木くんじゃん。一年の教室でなにやってんの〜?」
「…俺のこと知ってんのか」
「そりゃあ知ってるよー。有名だもん」

 無表情のまま顔を逸らされる。俺の笑顔が気に食わなかったのか、不機嫌そうなオーラが出た。白木正宗。二年の一匹狼的存在。白木派の奴と二年Zクラスの頭である満永派で分かれていてどっちが頭に相応しいか争っているみたいだけど、白木的にはどっちでもいいらしい。何事も無関心。喧嘩は売られるから買うだけ。そんな白木が一体一年の教室に何の用だろうかと好奇心を擽られる。

「…お前、一年?」
「そうだけどぉ?」

 にこにこして警戒心を和らげようとしたけど、訝しそうに見る。普通ならネクタイピンで学年が分かるんだけど、俺たちはピンはおろかネクタイですら付けてないから疑っているんだろう。ま、証明するもの持ってないし大人しく待ってよっと。

「じゃあ黒髪で真面目そうな奴、知ってるか」

 おおっと! これは社くんのことを言ってんのかな? そうだよねえ、黒髪で真面目そうな奴って社くんしかいないもんね。
 俺はにやけそうになる顔をどうにか抑えて肯定した。するとポケットから何かを取り出し、俺に渡す。

「お前みたいな奴に渡すのは正直不安だが仕方ねえ。これあいつに渡せ」

 お前みたいな奴って酷いなあ。まあ別にいいんだけどね。
 俺は受け取った手のひらサイズの手帳を眺める。これはつまり、社くんの落とし物ってことだよね。

「どうして白木くんが持ってんのー? もしかして知り合いとか?」

 わくわくしながら訊いてみると、面倒そうに舌打ちをした後、踵を返す。

「別に」

 一言だけ残し、ゆったりと去って行った。はあー淡白だなあ、ツマンナイの。白木くんの背中が見えなくなるまで見送って、手帳を開く。顔写真を見て口角を上げる。
 顔を覆う前髪と分厚い眼鏡。今の社くんとはまったく違う姿だ。…顔を隠してたのは本当だったんだ。そして知った秘密。彼の本名は八代誠春というらしい。偽名で変装してたんだから、それなりの理由があるに違いない。どうして隠してたのかまでは調べられなかったけど、それは本人を脅して聞き出せばいい話。八代っていうんだから家のことが関係しているのかもしれない。兎に角、社クンには――あいつのことで役立って貰わないと。俺は手帳を鞄に放り込んで、教室に向かった。