(side:恭佑)

「恭佑?」

 不思議そうにかけられた声にハッと我に返ると、俺は声をかけてきた奴――千聖を見た。

「…なんでもねえ」

 本当はなんでもよくないが、心配をかけるまいと思って笑みを作ると、ぱっと綻ぶように笑って輪の中に入っていった。もう少し突っ込んで訊いてくるだろうと思っていた俺はあっさりと去っていったことに僅かに不満を覚えた。
 千聖は好きだが、あの輪の中に入って奪うことは俺の性に合わねえ。俺はわいわいと騒がしい奴らをぼんやりと眺めながら、先程のことを思い出した。





 俺たちZクラスは、一般生徒が使う食堂を利用するのは禁止されている。だから食事だけは千聖と別だった。食堂の方へダラダラ歩いてると、周りの不良共の会話が耳に入ってきた。

「リコールされたなんとかって奴、今食堂いるらしいぜ」
「マジかよ。あの嫌われてた奴だっけか。もうボコボコになってんじゃねえの?」

 ゲラゲラと下品に笑う奴らの言葉に足が止まった。リコール、嫌われてた奴というワードは、聞き覚えの有りすぎるものだ。

「峯岸さんが何も言わねえみたいでよぉ、無傷らしい。しかもべったりと田口が張り付いてる」

 社定春。千聖に付き纏う嫌われ者。書記をやっていたがリコールされたやつだ。鼻で笑ってざまあみろと思った。しかしあれだけ親友だと言っていた千聖があれきり話題に出さない上に全く悲しんでいない様子が気になる。千聖に何かをしたのか――? それならば問い詰めなければならない。
 俺は止めていた足を進めた。今までゆったりだった足取りはいつの間にか速くなっていた。




 食堂に着くと、俺は周りをざっと見渡す。いつもの騒がしい光景だったが、皆様子を窺うようにある一点を見ている。俺も導かれるようにそっちを向いて――奴と目が合った。俺と目が合うと、瞬時に顔を歪めたそいつ。
 入口でぼけっと突っ立っている俺を迷惑そうに退けてくる奴らなんて気にならないほど、俺はそいつに目を奪われた。さらさらの黒髪に整った顔立ち。この学園なら間違いなく人気者に分類される男だ。俺はその顔を見たことがあるような気がした。昔、どこかで――。
 考え込んでいると、そいつと向かい合わせに座っていた奴が振り向いた。……田口の野郎だ。さっきの会話が脳内でリピートする。田口がべったりと張り付いている、そいつの名は。

「社…」

 もう社は俺の方を見ていなくて、唐揚げを凄いスピードで食べていた。あいつは俺に気づいている。俺の足は自然と社の方へ向いた。