他愛の無い話をしている間に着いた1-Zの教室は、授業開始間近だというのに、異様に静かだった。その理由は一瞬で理解できる。何故なら――。

「人っ子一人居ませんね」
「……やっぱりか」

 やっぱりということは、この光景はもう当たり前となっているのか。俺は髪を掻き上げて溜息を吐いている柳原を横目で見て、自分の席の場所を問う。

「ああ、社の席は――あそこだ、あの真っピンクの机の横」
「……えー…」

 俺は頬を引き攣らせて指差された場所を見る。机を真っピンクにする奴が、マトモな奴だと思えない。まだどんな奴か見ていないが、物凄く移動したい気持ちになった。
 転入生とかって、普通一番後ろとか端っことか、そういう場所になるだろ普通。何であんなド真ん中なんだよ意味分かんねえ。じとりと柳原を睨むと、頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられた。

「あそこはまだ安全な方なんだよ」
「何で――っ!?」
「なァにしてんだ?」

 理由を聞こうとした瞬間、肩に腕が回り、俺に体重を掛けた犯人は耳元で囁く。低音の色気のある声にぞわりと鳥肌が立った。柳原は目を見開き、ぽつりと言葉を零した。

「峯岸…」

 峯岸。その名前は、全く関わりのなかった俺でも知っていた。風紀の要注意人物、峯岸紀人は一年にしてZクラスの支配者である。俺は強ばった顔で恐る恐る振り返った。至近距離にある、獰猛な肉食獣のような凶暴な顔がニィッと笑った。

「お前が社定春?」

 声を出すと震えそうだったから、ぐっと歯を食いしばった睨みあげた。一瞬きょとんとした後目が細くなる。柳原と違い、それは笑っているようではなさそうだ。俺なんて、こいつが本気を出したら捻り潰されて終わりだろう。それくらいの力を持つと聞いたことがある。

「おい峯岸、…分かってんだろうな」
「知るかよ。俺は別にアンタの言うことに従う理由なんてねえんだぜ。…まぁ、まだ手は出さねーよ」

 くくっと喉で押し殺したような笑い声を上げ、俺を射抜く。まだってことは、出す時が来るってことかよ。ボコボコにされている自分を想像し、血の気が引いた。柳原が心配そうな顔で俺を見てくる。無理矢理口角を上げたが、柳原は眉を顰めるだけだった。
 するりと腕から解放され、峯岸は俺の真正面に来た。ガッシリした体格に高い身長。無造作ヘアに髪から覗く赤いピアス。そして――峯岸は、生徒会並の整った顔立ちをしている。

「…んん?」

 ジロジロと俺の体を眺める。チクチクと刺さる視線に思わず顔を顰めた。眺め終わったかと思えば、今度は俺に近づいてくる。硬直する俺に手を伸ばし……何故か、ぺたぺたと俺の体を触り始めた。そしてぐっと眉を寄せる。…い、意味が分からん。

「なあ社クン? 痛いところは?」
「は…? いや、特に…」
「チッ。あいつ…何も手ェ出さなかったのかよ」

 あいつというのが、俺の同室者であることに気づくのはそう時間がかからなかった。