「俺に迷惑かけんな。以上」
「お、おい。人に名前訊いといて自分は言わねえのかよ」
「言う必要ねえだろ。仲良くするわけじゃねーし」

 え、じゃあなんで俺名前訊かれたわけ?

「それに、俺の名前くらいテメーでも知ってんだろ」

 ふん、と笑う社。俺は何だか責められているようで、気まずくなった。窺うように奴を見るが、無表情でこっちを見た後、俺に背を向けた。刺すような視線がなくなり、ホッとする。何だか良くわかんねーけど、あいつが怖い。らしくねーぞと自分を叱咤して背中を睨む。ゼッテー泣かす。俺の考えが奴に伝わってしまったのか、決意した瞬間振り向かれた。俺はさっと視線を逸らした。いや、別にビビってるわけじゃねーからな? これは…アレだ。えーと、アレ。

「俺の部屋、どっち?」

 あ、何だ…。部屋を知りたいだけか。俺は途端に気を良くして如何にも不機嫌だというオーラを出しながら舌打ちをする。顎で左の部屋を差す。どうだ、怖いだろ? ビビってんだろ?

「うぜぇ…」

 グサッ。

「もう話しかけてくんなよ。じゃ」

 ジロリと睨まれ、俺は慌てて頷いた。もう奴はこっちを見ていなかったが。つーか、グッサリ刺さったぞあの言葉と顔。あいつともう関わりたくねー…。……ハッ、いやいや何言ってんだ俺。さっきあいつ泣かすって決めたろうが。弱気になってどうする。

「ゼッテー泣かすッ!」

 拳を突き上げ、自分に言い聞かせるように大きな声で言うと、社の部屋からドンッという音がした。びくりと震える体。
 ……無理な気がしてきたぜ…。




 俺も部屋に戻り、ベッドに寝転びながら社の顔を思い出す。…うん、綺麗な顔してたよなぁ。性格は良いとは言えないっつーか、不良みたいな威圧感だったけど…やっぱあいつが虐められるってのは違和感がある。そういうの全部蹴散らしてそうだ。それに、性格の悪い奴なら俺のクラスにもいるし。でも虐められるわけがねえ。普通の奴が仕返しや諸々を怖がるってのもあるが、顔が良いからな。しかし、だとすっと…あいつはどうして――。
 考えに耽っている俺のすぐ横で、突然震えだすスマホ。驚いて心臓がバクバクと鳴り始める。表示された名前を見て慌てて電話を取った。

「はい、もしもし!」
『よぉ、田口。もう同室者の野郎来たかよ?』

 ニヤニヤとしているだろう人物から発せられた言葉にびくりとする。恐らくこの人、Zクラスの頭である峯岸紀人さん――一歳年上だが、留年しているので学年は同じである――は俺が早速ボコってると思っているんだろう。同室者ができると報告したら良いサンドバックが来るとか嬉しそうに言ってたからな。

「…はい、来ましたけど」
『当然もうシメたんだよな?』

 俺も早く殴りてーよと言う峯岸さんに冷や汗が流れる。ビビって何もできませんでしたとはまさか言えない。つまんねーやつだなと言われるに違いない。
 まあ俺が殴ったにしろ殴らなかったにしろ…あいつは、間違いなく明日、サンドバックになる。あいつがすげー喧嘩強くない限り。リンチされている社の姿が脳裏に浮かび、何とも言えない気持ちになった。