住む場所は、魔王様が予め用意してくれたところに決まった。外観からして廃墟のような薄暗い一軒家を見て、勇者は顔を引き攣らせた。

「おいおい…クソボケ魔王…。本当にここ住めんのかよ?」

 俺がおいおいと言いたい。クソボケ魔王って何だそれ。ナメた口聞いてんじゃねーよと思いながら睨むが、勇者はこっちを向いていない。心底嫌そうな顔で魔王様を見ている。

「当たり前だろうが。…嫌なら帰ってもいいんだぜ?」

 ニヤ、と笑って魔王様が俺を抱き寄せる。簡単に抱き寄せられる俺って…。男に抱き寄せられるなんて嫌だが、魔王様なので全然オッケー。寧ろ喜んで?

「誰が帰るか。はー、仕方ねえか…」

 いつか内緒で改装しようなどとブツブツ呟きながら家に入っていく勇者。口にしている時点で内緒じゃないような気がするが、まあいいか。あと改装はさせねえ。魔王様が嫌がるだろうが!

「漸く二人きりになれたな」

 魔王様が俺をそっと離すと、柔らかい笑みを向けてくれる。格好良すぎるそれに俺は見惚れた。こんな下っ端にも優しくしてくれる魔王様に尊敬する。あいつも…二十九号もそうだと思ってたのに。勇者だったなんてと忘れていた怒りがふつふつと沸き上がる。勿論、あいつに対してもそうだが、何より気づかなかった自身に対して。

「…あの、魔王様」
「どうした?」
「俺…二十九号――勇者と一番仲良かったのに、勇者って全然気づきませんでした。……すみません!」

 バッと頭を下げる。反応がなくて地面を睨みつけたまま歯を食いしばる。…嫌われてしまっただろうか、怒られるだろうか。泣きそうになりながらじっと耐えていると、ふ、と頭上で笑う声が聞こえた。

「お前の責任じゃねえよ。俺も気づかなかったしな」

 だから顔を上げろ。そう言われて勢い良く上げる。魔王様は、やっぱり優しい笑みを浮かべていた。堪えていた涙が溢れ出す。

「三十七号…」

 嗚咽を漏らす俺の頭を優しく撫で、顔を近づけてくる。涙でボヤける視界の中、近づく端正な顔をぼんやり眺めていた。ぺろ、と涙を舌で拭い取られ、驚いて涙が引っ込んだ。

「え……。え?」

 混乱する俺をそのままに、魔王様はちゅ、ちゅ、と啄むように俺に唇を押し付ける。わけが分からなすぎて体が硬直した。