「じょ、冗談はよせよ戸叶…」

 声がみっともなく震える。戸叶は真剣な顔で言った。

「冗談? 冗談なんかじゃないよ淳ちゃん。俺は本気だよ」
「お、俺は見ての通りこんな厳つい顔してんだぞ」
「だから何? 俺はそんな淳ちゃんが可愛くて仕方ないんだけど」

 か、可愛い…? 俺が?
 言葉を失った。あんぐりと口を開けた間抜けな顔で戸叶を見る。戸叶がプッと噴き出した。

「淳ちゃん、変な顔」
「う、うるせえ! お前が変なこと言うから――っんむっ!?」

 羞恥で顔を赤くして眉を釣り上げる。そして文句を言っている途中で口を塞がれた。何で塞がれたのかなんて、直ぐに分かった。

「ん…んぁっ、は、と、戸叶、やめっ…!」
「やだ、やめな」

 い、と発せられる前に、ガチャっという音が聞こえて、次いで元気な声が響いた。

「ただいまー! あれ、淳也、誰か来てんのかー?」

 翔太が帰って来た! 俺は慌てて戸叶の体を押す。ヤバイ、部屋に来られたら戸叶のことがバレてしまう。

「淳ちゃん、誰?」
「…俺の同室者」

 俺の好きな奴、と言ったら不味いだろうと思い、そう答えた。戸叶が俺の同室者に興味を持ったことは一度もないから、翔太だとは分からないだろう。そう思っていたが、甘かったようだ。

「同室者…って、転入生だよね?」
「な、何で知って…!」
「調べたんだ。…淳ちゃんの好きな奴のことだから」
「とがの…っ」

 息を飲む。戸叶は、無表情で俺を見ていた。その目は酷く冷めている。こんな顔を見たのは初めてだった。いつもヘラヘラ笑ってて、怒るときは頬を膨らませて、……こんな表情をする奴じゃなかった、はずなのに。

「…淳ちゃんはあんな奴なんかに、渡さないから…」

 空気が重くなり、息が詰まるような思いで戸叶を見た。戸叶の顔は依然として氷のように冷たい。

「なあ、淳也ー。友達来てんの?」

 ドアをノックされる。俺は我に返って、どうやってこの状況を切り抜けるか考えた。戸叶の様子がおかしいが、とりあえずそれは後だ。

「ああ、そうだ」
「何か飲み物とかいる?」
「いや、いい。大丈夫だ」

 分かった、という返事の後、足音が段々と遠ざかっているのが聞こえ、ふうと息を吐いた。しかし、ホッとしたのも束の間。

「ちょ、お前! どこ行くつもりだよ」
「どこって…明松翔太くんのところだけど?」

 そう言って笑った戸叶の顔は、薄気味悪かった。