(side:圭)
「隣町じゃなかったのか?」
「……なんだけどなあ」

 苦笑してアッキーを見ると、呆れた顔をしていた。廊下から教室の中の様子を窺っていた担任が、恐る恐る入学式が始まるから…と吉原先輩を見た。吉原先輩はスーパーの袋からぐしゃぐしゃのレシートを出すと、近くのやつからペンを借りて何かをサラサラと書き出した。それを渡され、颯爽と去って行った。レシートには、メールアドレスと携帯番号が書かれている。どうしたものかと体育館へ向かいながら首を捻っていると、隣から不満そうな声が漏れる。

「…それ、連絡すんのか?」
「え。うーん、した方がいいとは思うんだけど」
「しろよ」

 先程から視線がビシビシと当たっていた背中に、ついに声が掛けられる。振り向くと、吉原先輩の弟だという吉原一樹くんがむっとしながら俺たちの後をを歩いていた。

「兄貴は、夕凪さんに言わないよ」
「何で分かる? つーか、お前何であいつ呼んだわけ?」

 アッキーの刺々しい声に苦笑が漏れる。初めて会った頃より警戒心が強くて、猫みたいだなあと呑気に考えた。

「寧ろ兄貴にお前がいること知って貰ってねえと、どこで夕凪さんに会うか分かんないだろ」
「つか関わらなきゃいいだろうが」
「…夕凪さんが岡崎の名前聞いたらきっと…」

 そこで吉原くんは言葉を止める。俺たちは黙ってそれを見た。

「……いや、なんでもない。兎に角、兄貴は夕凪さんと仲いいから、連絡知っといた方がいいよ」

 俺は少し考えて、頷いた。
 …それにしても言い合うのはいいけど、二人とも少し声を抑えてくれないかな。凄く注目されてるし、二人とも顔が怖いから誰も近づいて来ないんだけど。

「岡崎が、夕凪さんに会いたいなら話は別だけど」
「――っ!」

 息が詰まる。俺は吉原くんを睨むように見た。

「……その顔見る限り、会いたいとは思ってないみたいだな」
「そりゃ、あんなことされたら会いたいと思わないさ」
「ま、夕凪さんって興味ないものに見向きもしないし、よっぽどのことがなけりゃバレないかな」

 ニッと笑う吉原くんに釣られて俺も笑う。横でアッキーが長い溜息を吐いた。
 夕凪先輩にバレたら、プライドを傷つけられた恨みをぶつけられそうだな、と考えていた。――この時は。