(side:吉原) 「…尚史、いねぇじゃんか」 屋上へ行ったけど、尚史の姿はない。俺は脱力しながら買ってきたパンを放り投げる。人に飯頼んどいて、これって酷くないかね。フェンスのところまで行って下を見下ろす。桜がいい感じに咲いていて、俺は目を細めた。桜を見ると、あの子を思い出す。尚史に遊ばれていたあの子のことを。あの子は、いつも消えそうな位存在感が薄くて、……実際、消えてしまった。俺は尚史側の人間だったから、あの子には嫌われていたんだろうけど、俺としては仲良くなりたかった。何でかな、普通の子…よりはちょっと太ましい体をしていたけど。それ以外はどこの学校にでもいそうな苛められっ子だったのに。 俺は目を瞑ってあの時のことを思い出す――。 夏休みが終わっても、あの子は来なかった。毎日来ていた屋上に。日に日に尚史の機嫌は悪くなっていって、鋭い目で睨みながら、こう言う。 「あいつを連れて来い。ボコボコにしてやる」 尚史がボコボコにしてしまうのは阻止したかったけど、取り敢えず俺もあの子がどうして来なくなったのか気になっていたから、その言葉に頷いた。…そして、クラスに行くと、衝撃の事実を伝えられた。 「尚史…!」 俺は慌てて屋上へ戻る。俺の様子に眉を寄せた尚史に一言。 「岡崎くん、転校したって…」 ――プルルルル。携帯が制服のポケットの中で振動し、俺は回想から戻った。表示された名前は、今日を以てこの学校に入学する弟のものだった。 「はい、もしもしー」 『あ、兄貴? …あのさ、前夕凪さんが遊んでた奴の名前って、何だったっけ…」 「はぁ? 何でそんなこと訊くのさ?」 『いいから!』 何だか様子がおかしい。俺は首を傾げながらあの子の名前を告げる。すると、息を飲む音がした。 『ま、まさかな…。兄貴、そいつってどんな奴だった?』 「岡崎くんの? …太ってて暗い子だよ」 『…だよな。やっぱ違うよな』 突然悪い、と言われて慌てて制止の声をかける。ごくりと唾を飲み込んで、ある仮定を口にした。 「……一樹、もしかしてさあ、岡崎圭って子が、いるの…?」 『――あぁ』 岡崎圭くんが、この学校に…? 一樹はやっぱり違うって言っていた。ということは同姓同名の可能性もあるかもしれない。それでも、確かめる価値は十分ある。 「…一樹、このことは尚史にバレないようにして。俺、その子に会いにいくから上手く連れ出しといてよ」 『え、ちょ、待っ――!』 一樹の言葉が終わらない内に電話を切ると、放り出したパンを拾って屋上を飛び出した。 → 吉原 一樹(よしはる いつき) 圭たちと同じクラス。 短髪で目つきが悪い。 |