屋上へ続く階段を早足で上ると、息が乱れる。扉の前で息を整えて、ドアに手を伸ばす。その時、中から声がした。

「なぁ、尚史。お前いつまであの遊び続けんのー?」

 夕凪先輩を親しげに尚史と呼ぶのは数人しかいない。語尾を伸ばす聞き覚えのある声は、夕凪先輩の友人で浅黒い肌をしたチャラい感じの人のものだろう。名前は確か、吉原先輩だった気がする。僕はドアノブを掴んだ手を一度放して会話に耳を傾ける。

「はぁ? 何で?」
「何でって…あの子いい加減可哀想じゃねぇ? 俺が良心痛むわ」

 一体何の話をしているんだろう。何故か激しく脈打つ心臓。僕はぎゅっと制服の胸元を掴んだ。嫌な予感がするのは、なんでだろう。教室で変なことを言われたからかもしれない。

「…そろそろ捨てる。あいつキモいしクセーし」
「お前本当酷い男だなぁ」

 呆れたように言う吉原先輩の声に、馬鹿にしたような笑い声が重なる。

「本当のことだろ? 俺があんなデブで根暗な男に優しくするわけねーじゃん。つーか、あんな奴に優しくするやつなんかいねーよ」

 僕は呆然とその言葉を聞いた。どう考えても僕のことだ。つまり、僕は――。

「待ち合わせに何時間遅れても約束破ってもさぁ、あいつ俺のことずっと待ってんの。しかも許してくれんの。マジウケるわ」
「うわー…最低」

 ゲラゲラと笑う、初めて聞いたような暴言と笑い声。僕は溢れ出る涙を拭き取ることもせずに、踵を返して階段を駆け下りた。



 僕がシルバーアクセサリーをその日の内に渡したかったのは、夏休みに入ってしまうからだった。でもちょうど良かった。僕は夕凪先輩に会いたくなかった。連絡を交換していなかったし、住所も教えてなかったので夕凪先輩に会うことはなかった。僕は逃げるようにアニメやゲームにのめり込んだ。視力が悪くなり、眼鏡をかけて更に僕のキモさに拍車がかかる。そんな僕を見兼ねてか、両親が僕に話を持ち込んだ。お祖父ちゃんのところに行かないか、って。僕はこの生活から逃げたくて、直ぐに頷いた。これが僕を変えるきっかけとなったのだ。



岡崎 圭(おかざき けい)

主人公。
根暗で太っていて、いいところがなかったが…?
夕凪尚史に遊ばれていて酷くショックを受けた。

夕凪 尚史(ゆうなぎ ひさし)

圭の2歳年上で、不良。
端正な顔立ちをしているが、性格は悪い。

吉原(よしはる)

割と常識人な尚史の幼馴染。
日焼けした肌と喋り方でチャラく見える。