(side:紫炎)

 僕の両親は、所謂仮面夫婦というもので、いつも仲良さげでいいわねえ、と親戚や取引先の人に言われる度に鼻で笑いたくなる。家では無表情のことが多いですよ、と。勿論そんなこと言うつもりないし、それどころか言えないんだけど。
 二人とも自分のことしか考えておらず、口を開けば仕事、仕事、仕事。更に、僕の成績が悪ければ食事が出ない日なんてザラだった。そんな環境の中でどうして真っ直ぐな人間が育つというのか。つまり、僕も仮面を被った。敬語と一人称を私とすることで、周りはそれだけで品性の良い坊ちゃんだと褒め称えてくる。ちょろいもんだと思った。
 話は変わるけれど、僕は自分の名前が嫌いだ。なんで嫌いかって、僕の名前を聞いた人は皆微妙な顔をするからだ。僕だって分かってる。こんなごつい名前合ってないって。――世間で今問題になっているキラキラネームみたいだって。もっとひどい人もいるから、僕はまだマシな方なんだろうけど。でも、嫌なことに変わりはない。小さい頃は良く揶揄われたものだ。
 けれど、転入生の明松翔太くん。彼は僕が嫌々口にした名前を、格好いいと言ってくれた。それだけじゃない。僕の偽りだらけの仮面を、綺麗だと言ってくれた。腐っても自分の一部。綺麗だと言われて嬉しくないはずがない。それに、彼はこの学校じゃ普通の子だけど、それがまた僕の心を射た。普通に友達になりたいと思って、でも彼をずっと見てて友達を想うには行き過ぎてる気がして、自覚する。僕は彼に恋をした。



「ふーん、それで好きになったのか」

 横にいる忌々しい不良がどうでも良さそうに相槌を打つ。僕はこの不良が電話でギャーギャーと品のない声を上げていたのを見かけ、気がつけば横に腰掛けていた。じっと顔を窺っていても、気づいている様子はない。親衛隊に騒がれるだけあって、端正な顔をしている。この男は翔太に一番近く、この僕にも怖気なく突っかかってくるから嫌いだった。どうやって陥れようか、どうやって追い出してやろうかずっと考えていた。でも、気づくのがあまりにも遅かったけど、この男は僕に暴言は吐くけれど、暴力的なことは何一つされていない。しかも。

「つかお前、親が厳しいくせによく仕事サボれたな」
「う…」

 僕が気に入らないから暴言を吐いているわけではなく(それもあるだろうけど)、事実を言っているんだ。周りの目が冷たくなったのも、翔太くんが気まずそうに僕を見るのも、全部彼の所為にしていた。自分の愚かさに気づいたのは、先程親から電話がかかってきた時だ。どこから伝わったのか、親は僕が職務怠慢しているのを知っていた。そこで言われた言葉が――。

「もう家に帰ってくるなって…」
「……あ、そ」

 呆れたように言う不良に僕は目を釣り上げる。

「ちょっと聞いてるの!?」
「聞いてるよ。でもそれ自業自得だろ? 仕事しろって言葉、聞いてなかったとは言わせねえぞ? 空音はな、お前の分まで仕事して寝不足だし疲れてんだ」
「……うん」

 全くその通りである。空音には悪いことをしてしまったし、この不良にも暴言吐いたし、翔太くんにも僕の浅慮で迷惑をかけてしまった。ああ…もう一度いろいろやり直したい…。
 ずーんと落ち込んでいると、ふん、と馬鹿にするように不良が笑う。

「ま、良かったんじゃねえの? 両親が嫌いなんだろ? いいじゃねーの、帰れなくなっても。自由じゃん」

 その言葉にカッと頭に血が上った。