(side:淳也)

 俺はふわふわの頭を撫でながらふうと溜息を吐く。日向。昔は良くそう呼んでいた。俺はその名前が好きだったから。呼ばなくなったのは、名前を呼ぶたびにこいつがすげー嬉しそうな顔するから、恥ずかしくなったんだっけか。あんまり覚えていない。じっと見つめられ、呼んでと言われて仕方なく言ったが、矢張り恥ずかしかった。何で改めて名前を呼ばなくちゃいけないんだ。
 ふあ、と欠伸が出る。このまま俺も寝てしまおうか。

「相変わらず仲が宜しいことで」
「っ!?」

 突然近くで声が聞こえ、眠気が吹っ飛び俺はバッと声のした方を見た。

「……なんだ、芳名か」
「なんだとは酷いですね。傷つきました」

 全く平気そうな顔してよく言うぜ。つーか、いつからいたんだこいつ。
 芳名祭。戸叶の親衛隊隊長だ。俺は良く喧嘩を売られる為、知り合いだとは隠している。しかし、芳名と副隊長――小森、そしてあと他にも教師や一部の奴には言っている。こいつが倒れた時、連絡してもらわないといけないからな。

「で、何の用だ? こいつは今日は体調は良いぞ」
「知っていますよ」

 芳名は淡々と言うと、首を傾げた。俺は眉を顰める。

「…なら、何でここに?」

 今度は芳名が変な顔をする。何を言っているんだと言わんばかりに肩を竦めた。

「お言葉ですが、私は最初からここにいましたよ」
「……は?」

 最初、って……え? 嫌な予感に顔を引き攣らせる。俺のその顔に、素晴らしい笑みを貼りつけて爆弾を落とした。

「中々いいものを見せてもらいました」
「なっ…」
「いつ動き出すかなと思っていましたが、…キスをするとは、戸叶様もやりますね」
「お、おま…お前…! いたんだったら最初に出てこいよ!」
「いや〜キスでもしないと淳ちゃんならトボけそうでさあ。あ、俺はちゃんとよしちゃんがいたの知ってたよ」
「戸叶起きてたのか……って、知ってたんなら言えよ! あとキスすんなボケ!」
 
 体を離そうと胸元を押すと、戸叶は漸く俺を解放する。しかし、顔は不満そうだ。

「もう名前で呼んでくれないの?」
「…い、一回って言ったろ」

 まだその話をするか。げんなりとしながら体を起こす。

「…あー、俺そろそろ戻るわ」
「え? 何で?」
「……、何でって、授業あるからだよ」

 なんで戻る必要があるの? と本当に不思議そうな顔で訊いてくるから俺もちょっと何だっけって思っちまったじゃねえか。