手を洗い終わった俺は、ガルを警戒しながら席に座る。仮面越しでも伝わる視線。俺が警戒していると知ってか舌打ちをした。そう何度も掴まれたり舐められたりされちゃ困る。
 俺は漸くニャッキの持ってきたクレハ堂のチョコチップクッキーを掴んだ。ドキドキしながら口に含むと、一瞬で旨みが口内に伝わる。

「旨い…」

 ぽろりと言葉が零れた。言葉で表せないほど旨い。この絶妙な甘さ、程よいサクサク感、流石はクレハ堂。以前食べた時よりも味が良くなっている。冷やしているというのも旨い理由なのかもしれない。そんな通っぽい情報を知っているとは…常連なんだろうか。クソ羨ましい。

「喜んでもらえて良かったわ〜」
「有難うな、ニャッキ」
「別にええよ。いつでも手に入るしな」

 もう一度言おう。声を大にして。クッソ羨ましい……!

「おい」
「……何だ?」
「これやる」

 ずいっとバウムクーヘンが差し出される。俺は固まった。え、な、なぜだ…? どうしてそういうことになった…?

「やる」

 俺が何も言わなかった所為か、繰り返される言葉。いやいやいや本当にどうしたらいいのこれ! お前俺がこれ食べたらお前どうすんだよ! せめてひと切れとかにしてくれよ!

「な、何でだ?」
「お前のと交換」

 あ、交換ね…。ほっとして笑みを漏らす。

「じゃあひと切れくれ。ほら、何個でも食え」
「ん」

 俺は十夜に目配せして、ナイフを頼んだ。面倒臭いオーラが滲み出ていたが、無言で給湯室に入っていった。
 ガルは小さく頷いて俺のマカロンを摘んだ。仮面も相まって、何だか微笑ましい光景だ。図体はでかいが、それはそれで大型犬みたいだな…。

「ほら」

 十夜が溜息とともにナイフを渡す。俺は若干イラっとしながら礼を言って受け取る。黙々とマカロンを食べるガルから視線を外し、バウムクーヘンを切って、クッキーが乗っていた皿に乗せた。手で掴んで口に入れると、ニャッキが意外そうな声を上げた。

「へえ〜何かケェさんが手で物食べるのって意外やなあ」
「あ? 何で?」
「上品なオーラっちゅーか…うーん、説明できへんのやけど、何かそれっぽい」
「あぁ、分かります」

 少しだけビビった。仮面の下は汗が流れている。そんなことに気づかず、ニャッキはアキにお前もいいトコ育ちっぽいよなあと伸び伸びとした声で言っている。
 まあ俺が会長だなんて発想はない…だろう、多分。俺は静かに息を吐いて、残りのバウムクーヘンを口に押し込んだ。