「別に何もなかった」

 慌てて言うと、あからさまに疑いの目で俺を見る。流石長いこと一緒にいただけはある。俺が強がっていることなんて直ぐに見抜いているんだろう。

「嘘吐け。倒れただr」
「あーあーあー!」

 お前……! 吉貴を睨むと、意味が分からないというような顔で耳を塞いでいた。

「お前は黙ってろ!」
「はあ?」

 ぐっと皺が寄る。その不機嫌な様子に一瞬怯んだが、俺は負けじと吉貴を睨む。……と、そこでガッと頭を鷲掴みされた。ギリギリと蟀谷に食い込む指。

「いだだだだだ…! おい、み、充っ…」

 痛みに涙目になっていると、前方から哀れみの視線が突き刺さる。く、くそ腹立つ…! 手を引き剥がそうとしていると、不意に力が弱まった。俺は直ぐさま振り向く。笑顔でこっちを見ている。が、目が笑っていない。

「流馬様」
「……っな、なんだよ」

 顔を引き攣らせて言えば、更に笑顔が深くなった。不機嫌顔も充分怖いが、これはそれより恐ろしい……!

「吐け」
「倒れましたすみません」

 吉貴の目が呆れたように細められた。



「はぁ…何で言わねえんだよ?」
「格好悪いだろうが、倒れたなんて」
「今更だろ」

 それに頷く吉貴。おい、充はいいとしても、お前がそこで頷くな。まだ会って少ししか経ってねーだろうが!

「っつーか、俺も気が回らなくて悪かったな」
「あー、いや、別にいいけど」
「じゃあ今から竹本さん呼ぶか」
「待て」

 携帯を取り出そうとする充を制する。因みに竹本さんとは俺が生まれる前から料理長を務めている凄い人だ。竹本さんの味が俺のお袋の味だ。

「もう食べた」
「へえ…何を?」
「こいつから食パン貰って」

 吉貴を指差すと、嫌そうに顔が顰められた。この反応にはもう慣れた。

「食パンね。まあ健康的とは言えないがまあいいか。それにしても、どうだ? 上手くやっていけそうか」
「それは…」

 ぶっちゃけ無理だろ。俺も吉貴も。チラリと吉貴を見ると、視線は明後日の方に向いていた。会話に加わる気はゼロだ。入って来られても困るが。