俺はあの時のことを思い出しながら京嶋の寝顔を見つめた。顔は青いが、ちゃんと息をしているからさして問題はないだろう。額を触ってみても熱はない。安堵の溜息を吐く。
 ――こいつを見ると苛々する。それは、初めて会った時からそうだった。何が気に食わないのか自分でも分かっていないが、無性に苛つく。改めてあの時の自分の選択を後悔した。あんな軽はずみに返答していいものじゃなかった、これは。

「……京嶋流馬」

 名前を呟いてみても、勿論何かが起こるわけではない。ただ、口にすると言いようのないムズ痒さがあった。まあその原因は結局分からず終いだが。それが更に俺を苛つかせる。
 俺と同じく、いや、俺以上の人嫌い、ね――。確かにそうだ。俺はここまで酷くない。気分が悪くなるが、一応街を歩けるし、中学までは学校に通っていた。誰も信用なんてしたくなかったし、何故か不良と認識されて腫れ物扱いだったから、友達なんてものは一人たりともいなかったが。でも、こっちとしてはそれを望んでいたから構わない。トラウマがあるんだ、と俺が承諾した後にあの男は言った。どれだけのトラウマがあったら人の作った料理を口にしただけで倒れるんだ。別に興味はなかったが、コイツは弱いんだなと思った。――それだけ。でも、良く考えてみたら俺が苛々する理由の一つにこれがあるのかもしれない。甘ったれる奴が大嫌いなんだ、俺は。
 俺だって最初から人が嫌いだったわけじゃない。でも十数年の中で二度も三度も裏切られれば自然にそうなるだろう。しかもその一回は他ならぬ両親からの裏切りだ。だからこそ俺は一人でこうして、借金を抱えて、アルバイトの毎日で――。考えるのはもうやめよう。胸糞悪い。
 舌打ちをして頭をがしがしと掻き混ぜる。立ち上がってここから去ろうとしたが、ぐい、と手を掴まれた。

「……は」

 何故、京嶋は俺の手を握っているんだ…?
 顔を引き攣らせて手を外そうと思ったが、思いの外力が強くて外れない。力を加えても外れるどころか、寧ろ手を掴む力が増している。……不味いことになった。

「く、そっ」
「…ん〜」

 爪を立ててしまったのか、京嶋の眉間に皺が寄る。起こして手を外した方がいいのか、起こして面倒なことになりそうだから諦めるか、俺はその二つの選択肢を迷っていた。