「君、そこで何しているんだい?」

 肩を揺すられ、俺は目を薄く開けた。視界がボヤけている。頭もはっきりとしない。どうやら俺は眠っていたらしい。強烈な臭いがして頭がはっきりする。――これは、腐敗臭だ。

「おーい、大丈夫?」

 もう一度肩を揺すられ、俺は反射的に手を払うと起き上がる。如何にも金を持っていそうな風貌の男が俺を覗き込んでいた。後ろには画面越しにしか見たことがなかった、サングラスをかけたスーツの男たち――恐らくSPだ――が控えている。手を床に付くと、ぶにっとした何とも言えない感触だった。そこで初めてここが自分の家ではないことに気づく。そうだ、溜まっていた家賃を結局払えなくてアパートを追い出されたんだった。なら、ここは…。下を見てなるほど、この臭いはそのせいかと納得する。ゴミ捨て場だ。

「こんなところで寝ているなんて、どうしたんだい?」

 胡散臭そうに微笑む男を睨むと、SPたちが一歩前へ出る。それを男が制すると、気にした風もなく再び笑んだ。

「うーん、見た感じ流馬と同じくらいの歳かな」

 一瞬自分の名前を言われたのかと思い、ドキリとした。しかし、顎に手を当てて俺をジロジロと観察しながら誰かを思い出して頷いているから、俺を呼んだわけではないだろう。そもそもこの男とは初対面だからな。

「君、家はどこかな?」
「……アンタに関係ありますか、それ」
「関係ないと気にしちゃ駄目なのかい?」
「個人情報ですから」
「…成程ね。じゃあ家の場所はいいよ。家はあるのかな?」
「……だから」

 個人情報だって言ってんだろ。そう言おうとして黙る。男はじっと俺を見て笑っている。まるで、答えなんて求めていないかのように。俺はこれ以上ここにいたくなくなり、立ち上がる。男を押しのけようとしたが、その手を掴まれた。

「ちょっと君に用があるんだよ、吉貴由眞くん」

 この男、まさか最初から俺だと分かって――? 
 舌打ちをすると、俺は強制的に黒のリムジンに乗せられた。



「まずは風呂に入って貰おうかね。君もすっきりしたいだろう?」

 着いた家は酷く豪華で、やはり金持ちかと嫌悪感が募った。何で俺がこんなところに来なくてはいけないんだ。目的が分からない。最初は臓器でも売られるのかと思ったが、まるで客のように饗され、俺は動揺した。いや、油断はできない。油断して隙を見せる時を狙っているのかもしれない。俺は探るように男を睨み、執事と思わしき上品な男に連れられて風呂に入った。当然の如く、風呂は大浴場のように広い。

「…くそ、気持ちいい…」

 何日も風呂に入ってゆっくりできなかった所為か、心まで洗われるような気分だった。じんわりと涙まで出てくる。これから臓器を売られるかもしれないが、最期にこの気持ちよさを味わえたなら悔いはない。