リビングは電気が点いていなかった。吉貴は部屋にいるらしい。ほっとしてリビングに足を踏み入れると、食欲を誘う匂いが漂ってきた。匂いのする方を向くと、ダイニングテーブルにラップのかかった皿が置いてあった。近づくと、いい匂いが強くなって、思い出したように腹が音を立て始める。

「唐揚げ…」

 ごくりと唾を飲んだ。これは、誰が用意したものだろうか。……こっそり充が来て置いて行った…とか? それとも――吉貴が作った物だろうか。後者は可能性としては十パーセントを下回っているので、きっと充だろう。それに、これが吉貴の作った物だったら俺は正直あんまり食べたくない。信頼してるシェフ以外が作った物だからな。
 席に付き、ラップを剥いで一つ摘む。箸を使わないのは汚いが、誰にも見られてないし、構わないだろう。
 口に含み、歯を立てるとじゅるりと肉汁が滲み出る。噛む度に濃厚な味が口内一杯に広がり、酷く旨い。望むなら炊きたての白米が欲しかったところだ。俺は無意識の内に笑顔を浮かべていた。もう一つ、と摘み口に含む。この動作を繰り返して、あっという間に皿は空になった。
 …しかし、唐揚げとは珍しいものを作ったな。それにいつも食べている味付けではない。じゃあ充自身が作ってくれた物だろうか? それなら納得だが、あいつが料理できるとは聞いたことがない。まあ執事をやっているんだし、料理くらいできるか。
 腹が一杯になった俺は皿をシンクに置いて部屋に戻ろうと――思ったが、皿を片付けた方がいいのだろうかと立ち止まる。だが抵抗があった。如何せん、俺は皿洗いとかいうものをやったことがない。
 確かこうやってたな、とスポンジみたいなものに洗剤をかけ、ごしごしと擦る。い、意外に滑る…。じっと皿を見つめて力みながら念入りに洗っていると、誰かがリビングに入ってきた。誰かっつっても、吉貴しかいねえんだけど。
 吉貴をチラリと見ると、こっちを見ていた。それも、目を丸くして。その表情をしている理由が分からず、俺は眉を顰めた。

「…んだよ、ジロジロ見んな」

 ハッとした表情になり、吉貴は俺から顔を逸らす。…あれ、そういえば吉貴は俺のこと怒っているんじゃなかったか。しかし、そういうオーラは感じられない。
 吉貴はテーブルを見つめ、一言呟いた。

「食べたのか…」

 その発言に俺は真っ青になる。ま、まさかあの唐揚げは――。
 そう考えた瞬間、先程食べた物が喉まで込み上げてきて、視界がぐるぐると回った。