俺はふいと顔を背けると、何も言わずこの場を去ることにした。取り敢えず、自分の部屋にでも行ってみるか。不味い茶を啜りながら手当たり次第にドアを開けていくと、殺風景な部屋があった。小ぢんまりとしていて、真ん中にはダンボールが一つ。中に入ってダンボールを開けると、吉貴の私物であろう洋服や本が入っていた。

「ん…なんだこれ」

 何となく漁って見てみると、汚い縫いぐるみが入っていた。うわ、あいつ男の癖してこんな女々しいもん持ってんのかよ。しかも汚ねぇし。顔を顰めて所々布で繕ってあるうさぎの縫いぐるみを見つめる。そこでふと思い出す。俺はどこかでこれを見かけたような気がする。こんな汚い物ではなく、新品の物だが。……執事の誰かが持ってるわけでもないし…テレビか何かで見たか?
 顎に手をやって考えていると、視界の端から勢い良く手が伸びてきて、手の中の縫いぐるみが姿を消した。
 この家には俺と吉貴しかいないので、怪奇現象が起こっていない限り犯人は吉貴だ。

「何人の荷物勝手に出してんだよ」

 声の様子からして怒っているようだが、俺はふんと鼻で笑う。

「それお前の? 流石貧乏人、私物までダサいな」

 蹲んだままそう言って上目に奴を見ると舌打ちが聞こえ、その瞬間胸倉を掴まれた。ぐいと上に引っ張られ、ふらつきながら立ち上がる。そして苦しさに顔を歪めた。

「っんだよ」

 胸倉を掴んでいる手を掴んで引き離そうとするが、思いのほか力が強くて微動だにしない。
 くそ、何で俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ…!

「これを馬鹿にすんな」

 どうやら、本気で怒っているらしい。その理由は、あの汚い縫いぐるみ一つだ。俺には理解ができない。あんなもの、いつでも買い換えられるのに。価値なんてないのに。俺が不満を顔に表すと、一度口を開いて結局何も言わずに視線を逸らした吉貴。視線を辿ると縫いぐるみがある。縫いぐるみを見る目は酷く優しかった。……やっぱり、俺には理解ができない。
 こんな空気の中、こいつといたくないと思い、俺は舌打ちを一つ残して部屋を出る。先ほどの吉貴の初めて見る顔が脳裏に浮かび、頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。



吉貴 由眞(よしたか ゆうま)

いつも不機嫌そうな顔をしている。冷たい。
貧乏人で、倒れているところを流馬の父親に拾われた。