「稲森? ははーん、またサボったのか奴は。上に立つ者が悪い所為だな」
「うっぜぇ…」

 げんなりして呟くと、相楽は眉を上げた。

「うぜぇのはテメェだろうが。ッチ、この前のことは忘れてねえからな」

 いつにも増して絡んでくるのは、この前行われた小テストの結果が原因だろう。僅差で勝っていた俺のテストを見て、酷く悔しがっていた相楽の顔を思い出す。こいつがこんなにも俺に突っかかるのは、俺に勝てないからだ。俺としては非常に迷惑な話。編入してから行われたテストでも人気投票でも勝ったことだけではなく、どうやら俺のことを以前から知っていたらしく、凄く敵視されている。
 こいつとの差は本当に小さいもので、いつ俺が負けても可笑しくない。俺が負けたら満足して絡まなくなるだろう。それで面倒なことはなくなる。でも、手を抜いて負けるのは嫌だ。今では普通に負けるのも嫌だから結構勉強をしている。まあ勉強して損ってことはないから、こいつは俺のいい刺激になってるのかもしれない。
 因みに小テストの差は僅か五点だった。

「…つか、いい加減退けよ。俺はお前と違って暇じゃねえんだ」
「俺だって暇じゃねえよ」
「じゃあ退けよ! 馬鹿か!」

 思わず叫んで頭を叩くと、ムスっとした相楽が頭を押さえる。本気で殴ったらきっと無傷では済まされなくなるだろうが、軽かったからか特に反撃はなかった。

「もういい俺が先に行く。オラ、退け」
「あ、テメェ! ……っと、ちょい待て待て」
「はあ? 今度はなんだよ」

 横を通り過ぎるというところで手首を掴まれ、俺は顔を顰める。相楽は鋭い目を少し細めながら言った。

「お前、あの狐面の処分どうすんだ」
「――処分?」

 思わずぎくりとした。そしてハッとする。この状況は少し、いや、――かなりヤバい。手首を掴まれているから、少しの動揺でも伝わってしまうのだ。

「あいつ、体育館中にビラ配りやがっただろ。それだよ。あれ片付けんのどんだけ苦労したと思ってんだ!」
「それお前の私怨じゃねえか!」

 しかし、俺の動揺はバレなかったようだ。内心ホッとしながら手首を振る。すると、予想外にも手はするりと離れていった。

「…処分、ね。まあ一応考えとくわ」

 そう告げて、俺は今度こそこの場所を後にした。――じっとこっちを見つめる視線に気づかないまま。



「……マジかよ」

 俺は呆然としながら気持ちよさそうに寝ている稲森を見つめた。まさかここにいるとは思わなかった。それというのも、ここ――温室に来ているのを初めて見たからだ。温室は生徒会、風紀、教師が管理している場所で、入るためには許可が必要だ。手続きが面倒なのか、興味ないのか、一般生徒でここに入る奴は希だし、生徒会の奴も風紀の奴も教師もここで見かけたことはない。だから俺の場所的なものになってたんだが。っていうか、こいつ何で俺が持ち込んだソファに寝てんだコラ。

「稲森」

 声を掛けてもぴくりともしなかった。俺は肩を揺さぶってみる。

「…ん〜」

 そう言って眉を顰める。目は開かない。俺は溜息を吐いて稲森の顔を眺めた。普段は睨まれてばかりだが、寝顔は気が抜けたようで少し幼く見える。こんなにじっくり見たことはなかったが、やっぱり美形だな、こいつ。

12/08/25