(side:幸樹)

「あばよ!」

 狐はそう言うと、笑顔のまま舞台から退場した。その笑顔は始終キラキラしていて、俺はそれを目を逸らさずにずっと見つめていた。


 一つ、仮面を着用すること。
 一つ、正体を探らないこと。
 一つ、甘い物を愛すること。
 一つ、部活内での情報を漏らさないこと。
 活動は月、水、金曜日、週三回+αの放課後。尚、規則を破った者には罰を与える。連絡は――。

「おい」

 後ろから声を掛けられ、俺は見ていた紙を慌てて隠して振り向く。威圧感のある視線を真っ直ぐ睨み返した。

「何だよ」

 吐き捨てて言うと、無表情のまま俺に紙を差し出す。俺はそれを一瞥し、直ぐに逸らす。溜息が聞こえ、デスクの上に紙を置くとそいつは自分のデスクへと戻って行った。デスクには数枚の書類が置いてあり、チッと舌打ちをする。
 俺は会計なんて仕事、したくなかった。俺がしたかったのは、する筈だったのは――会長職だったのに。あいつが投票前に編入して来やがったから……。だから、俺は…。
 思い出したくないことを思い出しそうになり、ポケットから飴を出す。ズキズキと痛む頭を無視しながら開封して飴玉を口に放り込む。ちらりとあいつの顔を見ると、一瞬だけ顔を顰めた。
 にやりと口を歪める。甘い物を取り出すと、あいつの表情が変わる。それが嬉しかった。そもそも俺は甘い物が好きなわけじゃないし。ただあいつが嫌がるから。それだけだ。
 俺があいつの表情を変えることができるのはそれだけで、でもあいつは他のことでも表情を変える。

「会長、このコーヒー、途轍もなく苦いんですが」
「ああ? うっせえ。黙って飲め」

 あいつは副会長の一言でいとも簡単に顔を歪めた。俺が何を言ってもあしらう癖に。 
 この空間にいるのが嫌になり立ち上がると、書類に手を触れないままドアの方へ歩く。後ろから制止の声が聞こえたが、聞こえないふりをした。



「おい稲森ィ」

 下品な声が俺を呼び止める。どうせ、あの件だろう。

「……何?」
「今月の金、早く払えよ」

 案の定。金を要求してきた醜い顔の奴を一瞥に、ポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃの紙幣を取り出した。