中にあいつがいると考えただけで何故かバクバクと心臓が騒ぎ出した。じっと耳を澄ませるが、小さい声でゴニョゴニョと何かを言った後から声が聞こえない。ヤキモキしていると、微かに水音と鼻から抜けたような声が――って、……え?
 嫌な予感がした。い、いや、まさかな。気のせいだ、きっと。大体あいつらのどっちかが女役やってたら気持ち悪いだろ。
 しかしそう思うのに反し、俺の頭の中にはディープキスの時必死に俺に縋り付いている栗原の姿が…待て待て待て。おかしいぞ俺。どうしたんだよ一体。俺はあいつに喧嘩で勝ちたいわけであってだな…。自己暗示するように頭の中の栗原を抹消していると、突然ドアノブが回った。俺はハッとして飛び退く。何とか直撃は逃れたが、……あれ、この状況ヤバくね?

「馬鹿兄貴! 俺はもう帰る!」
「おい、馬鹿はお前だ! 誰かに聞こえたらどうすんだよ。つーか授業サボんじゃねえ!」
「知るか――ぅぶっ!?」

 俺の知らない顔をした栗原がぶつかった。
 ……兄貴? え、は? どういうことだ?
 訳が分からずにそのまま呆然としていると、中にいる鬼山と目が合った。そして驚愕と悔しそうな顔を向けられる。俺は視線を下げて胸中にいる栗原を見た。

「……え」

 俺という障害物に眉を顰めて顔を上げたそいつと目が合うと、サッと青褪めた。どれも俺の見たことのない顔で、複雑な思いとともに嬉しさを感じた。…ん? 何で複雑なんだ? 

「……お前、何でここにいる?」

 鬼山が顔を歪めて俺を睨む。そりゃ俺がこんなとこにいたら誰だって疑問に思うよな。この近くは俺たち不良には嬉しくない場所ばかりだ。
 でも、今はそんなことより気にすべきところがある。

「…んなこと別に関係ないだろ。つか、兄貴って何だよ」
「……それこそ関係ないな、お前には」

 俺はぐっと押し黙る。
 確かにそのとおりだった。別にあいつの弱点ではないわけだし、仮に兄弟だとしても何の関係もない。しかし俺はむかむかと言いようのない苛立ちを覚える。

「…お前ら兄弟なのかよ」

 未だ固まっている栗原に声を掛ける。……ッハ! そ、そういえば何でこいつとこんなに密着してんだよ! しかも…い、意外にいい匂いがすんじゃねえか…。って俺は変態か!

12/07/23