(no side)

 ちりん、ちりん。
 病院内に鈴の音が響いている。その発信源となっている長身の男は、前からやってくる白衣を来た初老の男を見つけ、会釈する。

「よく来たね」
「はい。あいつの様子はどうですか」
「うーん…。まだこれといった変化はなくてね…。力不足ですまない」

 申し訳なさそうに顔を歪めると、白い頭を下げる医師に、男は肩をそっと押し、ふるふると首を振った。

「いえ、いいんです。頭を上げてください」

 医師が顔を上げる。男は顔を少し弛めると、手に持っている紙袋を掲げた。隙間から仄かに甘い香り漂い、黄色が覗いている。

「これ、あいつに持って来たんですよ」
「ああ、薔薇か。良い匂いだね」
「本当は赤が一番良かったんですけどね。流石に赤は駄目なので」
「それで黄色かい。きっと喜ぶと思うよ。――じゃあ、私はもう行くよ。ゆっくりしてきてね」
「はい、いつも有り難うございます」

 もう一度会釈し、医師の背中を見送ってから男は歩き出す。ぎゅ、と手を握り締めて力を抜くと、前をしっかり見据えた。



 『本田 真幸』
 男は個室を静かにノックすると、ドアをスライドさせた。一歩中に入ると、そこはまるで今までいた世界と切り離されているような、そんな感じだった。このまま引き込まれそう――気分が悪くなりそうになって男は考えを振り切る。一歩、また一歩と足を進めた。ちりん、動きに合わせて音が鳴る。
 ここに来るのはもう何度目のことだろう。一年前突然倒れたと思ったら、眠ったまま――所謂植物状態になってしまった。
 後から聞くと、同級生から酷い虐めを受けていたらしい。どうして同じ高校に行かなかったのかと男は自分を恨んだ。勿論、同級生も許しはしない。
 大切な幼馴染、もしくはそれ以上の想いを抱いている相手である本田真幸は特に映えない地味な顔を一ミリたりとも動かさず、そこに眠っている。

「真幸」

 男は零れるように呟いた。同時にちりんと鈴の音が鳴る。男は神秘的とも恐怖的とも言える空間に手を伸ばし、真幸に触れる。冷たい肌をさらりと撫でると、驚くことに、真幸の唇が一瞬動いた。

「…ま、真幸!?」

 男は目を見開き、じっと真幸を見つめる。「真幸」縋るような声で呼びかけた。
 瞼が震え、ゆっくりと開く黒眼。ごくりと生唾を飲み込む音が響いた。

「…れ、い?」

 焦がれていた瞬間がついにやってきたのだ。彼しか呼ばない名を、今。
 男、佐原鈴は、真幸に貰った鈴付きのピアスを揺らし、満面の笑みを浮かべた。  

fin.

12/06/28

結局中途半端な終わり方に…!

BLか?ってくらい恋愛要素が少なくなっちゃってすみません。

相当分かりにくい文章になっちゃったので補足すると、精神的に参ってしまい、自分を守るために世界を作った話です。
ジョンとバラはジョン=飼い犬、バラ=薔薇です。自分の好きなものを取り入れて自分だけの世界を。だから同じ顔だったというわけです。
鈴=レイは、自分に消えつつあった思い出や鈴に対しての感情や戦う気持ちです。

ジョンとバラは、ボン様=本田真幸が大切だったから守りたかったけど、前に進むなら。ということでお別れなのです。

何故ボン様かというと、本田(ぼんた)だからです。様は真幸(まさき)という言葉を捩った形でもあり、普通に敬称でもあります。