完全に揶揄われているな、日向野。っていうか、本当に誰なのこいつは。頼むから放してくれ…。ぎろりと睨むと、何を思ったのかにこりと満面の笑みを返される。顔が引き攣った。

「俺ねえ、翼くんとずっと話したいと思ってたんだよー」
「え、…俺と?」

 驚いて目を丸くすると、甘いマスクを持った男が蕩けるような笑みを俺に向けてくる。間近で直視した俺は顔が火照るのを感じた。くすりと頭上から聞こえ、更に恥ずかしくなる。
 何で俺こんな人多い所で男に抱き締められて顔を赤くしてんの…! 変な誤解をさえてしまう!
 軽く抱き締められている状態だから、強く押せば離れられるのだろうけど、行動には移せなかった。だって、話したいと思っていてくれたなんて。こ、これはまた友達を作れるチャンスなのでは…!? そう思うと緊張して手が震える。

「…っ、いい加減放せよ、大川!」
「えー、日向野くんのケチ。いいじゃん喋っても」

 「ねえ?」賛同を求められたが、俺は引き攣った笑みしか返せなかった。日向野の顔が怖い。お前は一体なんでそんなに凶悪な顔をしてるんだ。ええと、この男――大川? が嫌いなのか? うーん、良く分からん。

「お、大川…」

 取り敢えず声を掛けて見た。すると、目を輝かせて俺を見る大川。

「俺の名前知ってるの?」
「…え、いや、今日向野が」

 言ってから、と言う言葉は形にする前に消えた。急に影が出来たと思ったら次の瞬間には目の前に大川のドアップ。唇に生暖かい――。
 ……!? え、唇!?
 「きゃああああああ!」何故か少し嬉しそうな悲鳴が食堂内に響いた。でも俺にそんなことを気にする余裕はない。
 放心している間に顔が離れると、大川はにこりと綺麗な笑みを浮かべた。

「えへへ、ちゅーしちゃった!」

 いや、ちゅーしちゃったじゃねえよ!
 怒りと羞恥にわなわなと震えると、誰かが俺を引っ張った。そのままそいつの胸にダイブする。いきなりのことに一瞬怒りを忘れ原因の方を見ると、予想外の人物過ぎて目を見開いた。
 日向野だ。

「っふざけんじゃねえ!」

 え、俺の為に怒ってくれてんの? ……いや、それはないな。きっと目の前で男同士のキスを見せられて怒ってるんだろう。でも、何故俺は抱き締められているんでしょうか。