「えっ…ちょ、付いてきてるううう」
「ごめん、走るぞ」
「え、あ、う」

 日向野の形相を見て少し青褪めている哲史の手首を掴むと一言謝って走り出す。言葉になっていない声を漏らしながら哲史は付いてきた。後ろから足音が聞こえると言うことは、まだ追いかけてきているということだろう。相変わらずしつこい。なんとか距離は離したが、――しかし結局撒けずに食堂まで着いてしままった。扉の前で止まり、哲史の手を放す。そして哲史を振り返って、俺は目を見開いた。

「は、速い、な…、つ、翼…」
「あっ、わ、悪い!」

 ぜえぜえと肩で息をしている哲史に慌てて謝る。大丈夫という風に手を上げて笑んだが、俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。あああ…撒けなかったしただ疲れただけだし…最悪だ。

「…っは、ぁ、追いついたぜ」

 げ。来てしまった。
 勝ち誇ったような顔をした日向野を睨んで、俺は再び哲史の手を握ると食堂のドアを開ける。少し騒がしかった食堂は、一気に静まる。原因は紛れもなく俺だろう。

「う、嘘…。今日、いつもより早くないか?」
「ってか、日向野までいるし…」
「ん? 栗原と一緒の奴誰だ?」

 そんな声が聞こえる。そういえば、確かに今日はいつもより来るのが早いな。俺もなるべく人が少ない時に行きたかったから態と時間をずらしてたんだけど……なんか申し訳ない。何もしないからそんなに震えないでくれよ。……いやそれ以前に日向野、お前その鬼みたいな顔やめろ。

「あ、え、と…あのさ、翼」
「え?」

 控えめな声で呼びかけられて、俺は首を傾げる。良く見ると、哲史の顔はほんのりと赤かった。え…どうしたんた? 熱気で火照ったのか?

「その…手が」
「手……あ」

 チラチラとこっちを窺う視線が集中していたのは、俺が掴んでいた手だった。今気づいたが、日向野もそれを凝視している。
 俺は小さく謝ってパッと手を放す。…お、男同士で繋いでたら変だよな…。

「つか、早く入れよテメェら」

 苛立ったように日向野が舌打ちをし、哲史はびくりと体を震わせた。一度咎めるような目で日向野を見て、俺は食堂に足を踏み入れる。