靴を履くと、立ち上がって振り返ると、玄関まで見送りに来てくれた兄貴に笑顔を向ける。

「じゃあ、俺帰るな」
「どうしても帰るのか」
「だってほら、同室者気になるし」
「…何か嫌なことがあったら直ぐに連絡しろよ、いいな?」
「はいはい、分かってるって」
「返事が適当過ぎんぞ」

 兄貴は溜息を吐いて壁に預けていた体を元に戻すと、くいっと人差し指を自分の方に向けて曲げた。ああ、いつものかとギリギリのところまで体を近づける。

「お休み、――翼」

 ちゅ、と小さく音を立てて額に押し付けられた柔らかい体温。それは直ぐに離れていって、今度は兄貴が少し体を屈める。そして、俺も兄貴の額に唇を付けた。

「お休み、兄貴」

 満足そうな兄貴に背を向けて、細心の注意を払いながら生徒用の寮へと足を進めた。




 ドキドキと逸る心臓を必死に押さえながらカードキーを差し込む。緊張しすぎて慌てていたからか、二回失敗してしまった。漸く三回目でランプが緑に変わって、ドアノブを握ってドアを開けることができた。俺の心拍数は、見知らぬ運動靴を目にした途端に急激に上がる。
 どんな奴だろう。友達になれる可能性は極めて低いだろうが、面倒じゃない相手がいい。不良と同室になってしまったら、毎日気を引き締めないといけないことになるからな。……それは、一般生徒も思うところだろうけど。

「あ、もしかして同室しゃ――っ!?」

 リビングでテレビを見ていた、恐らく俺の同室者は、俺を見ると息を呑んで固まった。失礼だが、第一印象は「フツメン」だった。兄貴を見た後だからか、余計に霞んで見える。しかし、別に不細工と言うほど変な顔はしていないし、良く見れば格好いいかもしれない。一つ一つのパーツは悪くない。無駄に美形が多いこの学校じゃなかったら、モテていただろうな。服だっていい感じのコーディネイトだし、髪も今時の若者風の茶髪だし……って、いやいや、冷静に同室者を観察して分析している場合ではない。さっきから固まったままなんですけど。しかも顔青いんですけど。

「ああああああああのっすっ、すみませ…っ!」

 何か意味もなく謝ってきたんですけど。俺何もされてないし、寧ろ俺が謝りたいよこれ…。取り敢えず落ち着いてくれねぇかな。
 相手を安心させようと口を開く――が。

「…名前は」

 ここで人見知りアンド口下手が発動。俺の馬鹿野郎。何が名前は、だよ。あああああ、ゴメン、怖がらせるつもりなかったんだって!

「あ、え、えと、大穂哲史、で、す」

 あわわわ。凄い吃り具合だ。



大穂 哲史(おおほ さとし)

翼の同室者。
少し平凡寄りな容姿。
お洒落さん。