「戸次が何?」
「あ? ……お前、あいつともう知り合ったのか?」
「ああ、まあ…。なんか、俺に憧れてんだって」

 喜びを前面に出して言えば、不機嫌そうに顰められる顔。弟が初めて友達ができそうになっている時にそんな顔しないでくださいよ…。

「まだ友達が何とか言ってんのか」
「兄貴は友達沢山いるからそう言えるんだよ! この孤独は友達が出来たことのない俺だからこそ分かる」
「…俺がいんじゃねぇか」

 不貞腐れたその表情は、まるで玩具を取られた子どものようだ。俺は、不覚にもその顔にドキリとした。珍しいな、兄貴がこんなに拗ねたようになるなんて。なんだかんだで俺も兄貴もブラコンだよなあ…。苦笑しながら、兄貴の手触りのいい髪を撫でた。

「…兄貴は兄貴だろ。つか、友達できても兄貴には適わねぇし」
「クソ翼…」

 兄貴は嬉しそうに顔を綻ばせた。……あれ? クソの言葉で台無しじゃね? 折角、恥ずかしかったけど、思ってることをちゃんと言ったのにこの兄貴は……。でもやっぱり、ずっと兄貴と過ごしてきたからか、多少の横暴さも何だか許してしまうし、気も楽だし、何より自慢の兄貴だからな。今更できた友達に適うわけがない。
 兄貴は俺の背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめてきた。そして顔を俺の肩に埋める。柔らかい髪が首や耳に掠めてくすぐったい。

「そういやな、春斗がお前に会いたがってたぞ」
「春斗さん? あー、最近全然会ってなかったもんな…」
「別に無理して会う必要はない。つーか、寧ろ会うな」
「おいおい…」

 春斗さんとは、兄貴の友達で、俺のことを弟のように可愛がってくる人だ。凄く爽やかで、ザ・男! って感じで憧れる。兄貴の連れは美形な人が多いので、春斗さんも然り。
 あんなに爽やかなのに、こんな口の悪い兄貴と仲良くしてくれて、しかも俺にも優しい。そんな人が喧嘩ばっかりしてたなんて信じられないよな…。高校の時から俺の前では爽やかだったけど、外では結構な悪だったらしい。今はもうその影はないみたいだ。

「あいつ、お前の前では猫被るから腹立つんだよ。もう一生会うんじゃねえ」
「それは昔の話だろ? つーか、友達のことそんな風に言うんじゃねえって。春斗さんいい人じゃん」

 そう言うと、兄貴は俺の肩から顔を上げる。般若のような顔だった。