「喧嘩で勝ちたいっていうのもありますけどー、なんつーか…」

 何故だか言葉を濁して、俺をちらりと見た。一体何なんだ。不思議に思いながら困った様子の戸次を見つめていると、肩を竦めて視線を日向野に移した。

「それは今言えないっすね。大体、何でアンタがそんなこと気にするんすかー?」
「そ、それは…」
「あ、因みに俺、アンタたちと同じクラスなんで、そこらへん宜しくっす」

 べ、と下を出して笑んだ戸次は、もう用はないと言うように踵を返す。あれ、ここに来たってことは、何か用事でもあったんじゃないのか? 疑問に思いながらそのまま見ていると、突然振り返った。

「ここに来たのは、アンタを探しに来てただけなんで」

 どうして考えていたことが分かったんだ。満足したように歩き始めた奴の背中を眺めた。

「くそっ…気にいらねぇ!」
「っ!?」

 驚いて振り返ると、日向野が壁を蹴っていた。
 ええええ!? どうしたんだお前。目を丸くしてそれを黙って見ていると、キッと俺を睨む。

「お前もなぁ! 赤くなって嬉しそうにすんじゃねぇよ! あんなムカつく奴に!」
「へ…?」

 え、ええと…何故怒られているんだ、俺は? ていうか嬉しそうな表情が顔に出てたのか…。そんな表情家族の前以外ではなかったことだが…これは、もしかして友達できるチャンス? 別にあいつが俺を虐めてたわけじゃないし、俺の性格も過去も知ってるわけだし…。遊びで俺を追って学校まで来ることなんて余程のことがなければできないだろうし。あれ、何だかいい感じじゃね? ちょっと色んな意味で怖い奴だけど、もしかしたら知っていく内に印象変わることだってあるかもしれない。

「聞いてんのかテメェ!」
「な、何で怒ってんだ」
「知るか!」

 俺の言葉に即答した日向野は大きな舌打ちと共に大股で俺に近づく。そしていきなり殴りかかってきた。咄嗟に体を仰け反らせてそれを避ける。そういえば喧嘩売られてたんだった。これは、早く退散した方が良さそうだ。顔を引き攣らせて、素早く体を翻すと走り出す。

「っ、逃げんじゃねぇ!」

 こうして、再び追いかけっこは始まったのだった。