「……うーん、それにしてもこの匂い…」

 俺から顔を離すと、顎に手を当てて何かを考え始めたジャック。すると、木が軋む音がして、音のした方向を向くと、先程退室したバレルと、もう一人見知らぬ顔の――俺と同い年くらいの少女が桶を持って立っている。柔らかい顔つきをしていて、見ていると癒される。

「痛みは大丈夫ですか?」
「あ、ああ…」

 頭を小さい手で撫でられて、女性経験がない俺の心臓は激しく脈打っている。顔も徐々に熱くなっていき、少女が驚いたように目を瞬いた。「あ、あれ? もしかして熱が!?」「い、いや――そ、その、これは」慌てて否定したが、少女は頭から小さな手を額に当てた。視線を少女に合わせるのが恥ずかしくて、近くにいたジャックを見つめて心を落ち着かせた。

「あ、熱は…ないみたいですけど…?」
「なに、もしかしてダイスケ俺に惚れちゃった?」
「は!?」
「あら、そうなんですか?」
「困ったなー。俺ダチと認識した奴はちょっとなぁ。しかもタイプじゃないし」
「おい、やめとけよダイスケ。趣味悪いぞ」
「うっさいよ、おっさん」
「お兄さんだ」

 いやいやいや、何でそうなったんだ!? そして何でそんなに自然に会話してんだ!? 俺はホモじゃねえよ!
 ……もしかして、俺女に見えるのか? いや、それはないと思うけど。名前的にも体格的にも。
 しかし、その可能性は否定できない。普通初対面の男に対して惚れたなんて言う筈がないし。俺は慌てて叫ぶ。「俺は男だ!」
 「おっさんだよ、十分」「俺はおっさんじゃない」そんなどうでもいい論議の間に入った俺の声は、部屋を静寂にした。

「……え、知ってるけど」
「女には見えねえよな」

 だ、だよな! ちゃんと男に見えることに安堵したが、次の瞬間には顔を顰める。  じゃあ何故惚れてるとかいう話に!? ホモに見えるのかもしかして…!? 最悪な想像に真っ青になる。

「わあっ、顔が真っ青ですよ! だ、大丈夫ですか!?」

 赤い顔からの急激な変化に驚いたのだろう。少女が右往左往する。

「ダイスケって意味分かんねーなー。男は殆ど俺に素直に惚れるのに」
「黙れナルシスト! 惚れない奴もいるだろうに」
「あー、そっか。モブ以外はね」 ん? 待て待て。おかしい発言があったぞ。意味分からないというの言葉にお前の方が分からないと怒鳴りたくなるのを抑え、「男は殆ど俺に素直に惚れるのに」という一節をジャックの言葉からピックアップする。男? 女じゃなくて?
 ……と、いうことは。

「じゃ、ジャック…お前まさかホモ!?」
「ホモ? 何かの肉の名前?」
「知らねえの!? いや、男が男を好きっていう…」
「へー、初めて聞いたな、ホモとか。男が男を好きになる……って、そんなの当たり前のことじゃね? なあ、バレル」
「…まあ、な。今時女と付き合うなんて希少価値だよな」
「はあああああ!?」
「きゃっ!?」

 驚いて、ここに来て一番の叫び声を上げると、少女の肩が大きく飛び跳ねた。ご、ごめんなさい…。