しかし、優しいと言われたのは家族以外では初めてのことだった。今まで顔が怖いだの、粗暴だのと散々な言われようだったが、そういえばこういう風に対等に話すのでさえ意外だ。怖がるか突っかかってくるか、それか――。兎に角、このウサギの被り物の趣味といい、変な奴のようだ。

「さ、あとちょっとで着くからねー」
「は!? お、おい、待て! 俺は行きたくねぇって…っ」

 「そもそも選ばれたって何にだよ」「ちゃんと戻って来れるんだろうな」変わり映えのないピンクの頭を見つめながら声を上げ続けると、深く溜息を吐いたウサギが漸くそこで足を止めた。
 振り向いたウサギの顔はやはり不気味だ。

「あのさぁ、キミは何が不満なの?」
「不満って、そりゃ――」

 不満以前の問題に、こっちには家族がいるのだ。女とは思えないほど粗雑で、短気で口が少し悪い、……でも根は優しい双子の妹が。こんな悪人顔の俺を大切に育ててくれた両親が。


「キミが残りたい理由は家族なの?」

 心を読まれて、俺はぞっとした。もしかしたらさっきからずっと読まれていたのかもしれない。先ず、このウサギの顔からして得体が知れないし、喋り方だって胡散臭い。俺は微妙に緊張しながらウサギを見つめた。

「邪魔だなぁ…家族って。殺しちゃおうかなぁ…。あ、そうだよ、殺しちゃえばいいんだ。家族がいなくなったら、流石にもうここに未練はないよねっ?」

 何てことを言うのだろう。名案を思いついたというように明るく、そして楽しげに話すものは"異常"だ。こいつは、邪魔だからという理由で簡単に人を殺すことのできる奴なのか。
 体中から血の気が引いていく。スプラッタ映画を見たときでさえ、ここまで恐ろしいと思わなかった。きっと、俺には関係ないと、どこか他人事だったのだろう。