「んん? 急に黙ってどうしたの?」
「……っ、別に」

 我に返ると不気味な兎の顔が目の前にあった。驚いて仰け反り、慌てて距離をとれば、兎は笑った。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「は?」
「実はあんまり時間がないんだ。もう夜が明けちゃうんだよ」

 そう言うと、闇の中からにゅっと青白い手が伸びてきた。俺はひっと情けなく声を上げてしまった。それに反応することなく、兎はその手で俺の手を掴んだ。死人の手みたいにひんやりとした冷たさが、俺の手の体温を奪っていくように、背筋が凍る感覚がした。俺が青ざめていた所為か、柔らかい声で兎は言った。「大丈夫、怖くないよ」そしてぐい、と予想外に強い力で引っ張られた。

「ま、待て! 俺は行きたくない!」

 ただの夢だというのに、俺は柄にもなく本気で嫌がった。しかし、そんな言葉聞こえていないのか、或いは聞こえていても無視しているのか、何も言わず俺の手をぐいぐいと引っ張る。恐ろしいことに、いくら力を込めて抵抗しても、微動だにしない。空気に抵抗しているような感覚になる。

「おいってば!」
「うーん…オイラさぁ、正直そこまで嫌がられるとは思ってなかったよ。どうすっかねぇ」
「どうすっかねぇ、じゃねぇよ、手ェ放せ! つかさっきから寒いんだよ、お前の手!」
「冷たい…へぇ、そっか、うん。冷たいのか」

 俺の言葉を確認するように数回反復するそいつに、俺は眉を潜めてウサギの後頭部を見つめた。

「何言ってんだ、お前?」
「ん? 簡単なことだよ。つまりは君が優しいってことだけなんだから」

 いや、更に分からない。