――レイが部外者。
 その言葉はずしりと俺に重圧をかけてきた。その言葉を聞いてからレイのことを考えるだけでずきずきとした痛みが俺を襲う。何かを思い出せそうで思い出せない。いや、思い出したくない。思い出す必要なんてないんだ。
 ……俺は何を恐れている? この平和な空間が壊れてしまうことか?
 自分が分からない。俺は眉を顰めると机に突っ伏した。
 ――ちりん、ちりん。
 びくりと体が震える。一定のリズムの足音に合わせて澄んだ鈴の音が耳に届いた。バクバクと心臓を騒がせながらぎゅ、と腕の中で顔を押し付けて逃げ出したくなるのを耐える。
 ドアの開閉の音が聞こえた。

「ボン」

 レイだ。
 俺よりも低く、どこか甘い響きのある声が俺を呼ぶ。俺は反応しそうになるのを抑えてそのまま体を起こさなかった。チッと小さく舌打ちの音がして、足音が近づいてきた。鈴の音が大きくなる。

「ボン」

 責めるような声。心臓が更に騒ぎ出す。

「お前は、いつまで」

 苦しそうな声に変わった。ぐるぐると何かが動きそうになって、俺はぐっと唇を噛む。嫌だ、嫌だ。聞きたくない。

「俺はお前が前に進むのを待ってるから。――だから、早く」
「やめろよ!」
「――ああ、お前」

 バン、と大きな音がしたと思ったらジョンの鋭くて大きな声がリビングに響いた。こんなにジョンが怒ったような声を出しているのを俺は初めて聞く。振動でぴりぴりと机が震えた。
 そしてレイの冷たい声。どうして険悪な雰囲気なんだろう。バラは、どうしたのだろう。もしかしてジョンの隣にいるのだろうか。
 今顔を上げれば何かが変わる気がして、怖い。

「ボン様は望んでいない!  ボクとバラだって…そんなこと……!」
「だからってこんなところで引き篭もっていたって何も変わらない。お前らだって分かってんだろ」
「…そんなの知らないよ。お前と違って、ボクとバラはボン様だけだから…」

 ジョンの弱々しい声。レイの言葉。
 そうだ、ジョンとバラは俺に懐いていて、それで……。それで、…。レイ、は。
 ――その瞬間。全てを思い出した。俺は顔を上げる。

「……ボン様。何で…」

 ジョンの瞳がぐらりと揺れた。

「レイ、俺…。思い出したよ。もう逃げない」
「…そうか」
「…ボン様」

 ジョンとバラの声が重なる。同じ顔をしていた二人は涙で顔を濡らしながら笑った。

「――さよなら」

 俺は目を瞑る。空間がぐるぐると丸まって、閉じた。
 次に目を開ける時は、きっと。