「……ん」

 ……重い。息苦しさを感じて目を開けると、ぼんやりと輪郭がぶれている天井が見えた。次いで左右を確認して重さの正体が発覚する。一体どうしたことか、右にジョン、左にバラが寝ていた。シングルベッドだから落ちまいと俺にしがみ付いているのだ。いや、何でシングルベッドに無理矢理入ってきてんの。しかも寒いと思ったら布団はバラが占領している。だから余計にジョンが暖かさを求めて覆い被さったのだろう。
 眠い目を擦って起き上がる。そういえばレイはどこだろう。いつも皆雑魚寝状態だったけど、今日は二人はここにいる。一人だけ仲間外れなんて、と思ったが、レイは協調性の無い一匹狼タイプだ。もしかしたら一人のままにしておいたほうが本人にとっては嬉しいのかもしれない。
 どっちにしろこの部屋にはいないようで、俺は二人拘束をそっと抜け出そうと体を捩る。そんなに力は加わっていなかったから割と簡単に開放された。喉渇いたし水飲もう。暗闇の中で一つ欠伸を漏らした。


 レイはリビングに居た。ソファーに腰掛けて、何やら真剣な顔で本を読んでいる。不良に似つかわしくない姿だ。ただの偏見だったのだと改めて俺は目を見開く。
 あまりにも真面目な顔だったので邪魔をしちゃ悪いかと思って踵を返す。

「ボン」

 どきりとする。数日間過ぎたが、レイが俺の名前(といっても仮名だが)を呼ぶのは初めてだった。そっか、レイは様付けをしないのか。……良かった、寧ろそっちのほうが安心する。不良の姿をした奴に様付けで呼ばれるなんて恐れ多い。

「気づいてたのか、悪い…邪魔しちゃって」

 俺が苦笑すると、レイはじっと俺を見つめて、そして小さく笑った。
 笑ったのも今初めて見た。無表情か眉を顰めた顔だけだったから、漸く認められた気がして、俺は嬉しくなる。

「別にいい。…来いよ」

 俺より微妙に低い声が呼ぶ。ちょっと戸惑いながら近づくとレイがソファーの端に詰めてくれた。横に座るとレイが分厚い本(外国の本のようだ。英語ではなく、違う言語の文字がシンプルな表紙に刷られている)を閉じ、俺に視線を向けた。

「なあ、お前はいつまでそうしているつもりだ?」
「へ…? そうして、って今レイが呼んだんじゃないか」
「違ぇよ」
「何言って…うわっ!?」

 一瞬何が起きたのか分からなかった。気がついたら俺の背中にソファーの柔らかい触感があって、目の前にはレイの苛立たしげな顔。俺の耳の横辺りに両手を突いている。つまり俺は、押し倒されたのだ。

「――だ」

 小さく何かを呟いたが、何を言ったかは聞き取れなかった。聞き返そうと思って口を開くと、唇を何かが覆った。柔らかく生暖かいそれと、ボヤける程に近づいた顔。何をされているのかは直ぐに理解できた。キスだと思われるものは直ぐに終わって、顔は離れていった。頭では分かっても体はそうではなくて、呆然としたまま俺と同じ顔を見上げる。
 ……あれ? 俺はレイの顔を見て、一瞬違和感を覚えた。何がと訊かれたら困るが、――何かが可笑しかった。