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 黛が帰って来て、俺は香水のにおいに顔を顰める。黛の浮気相手は俺の知る限り、女だ。俺とは違い元々ノンケなんだから当たり前だけど。
 黛は俺の顔を一瞥すると、ソファにどかりと座る。……やっぱり月島の言うように、可能性があるとは思えない。――でも、疲れてしまった。

「……黛」
「んだよ」
「浮気さ、やめるつもりない…?」

 口にした瞬間、は? と黛の顔が顰められる。そして、馬鹿にしたように鼻で笑った。俺はその時黛が浮気を止めるつもりがないということを悟った。

「んなことより飯なんかねえの」
「んなことって…俺にとっては大事なことなんだけど」
「チッ、うっせーな、俺は……」

 黛の言葉が途切れる。ぐにゃりと歪んだ視界の中で、黛がぎょっとしたのが見えた。ボロボロと頬を伝う涙が熱を持つ。
 黛の前で泣いたのはいつぶりだろう。もしかしたら初めてかもしれない。

「わ、別れる……」
「は?」
「もう別れる…!」

 俺は叫ぶように言うと、何も持たずドアへ向かう。黛の声を無視して外に出ると、俺は涙をそのままに走り出した。

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