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 やっぱりプライドが許さないのだろうか。

「…ごめん、俺、他の奴を好きになって…」

 黛の顔が不愉快そうに歪む。白川のことだと気付いただろうか。……気付いただろうな。

「顔の良い奴なら誰でも良いってか」
「違う――白川は顔がどうとかじゃなくて、人として…」
「人として? じゃあ俺は顔だけっつーことか」

 は、と鼻で笑う黛。確かに顔も好きだったけど、俺はちゃんと黛の中身も好きだった。それが全く伝わっていなかったということに悲しくなる。

「こんだけ付き合わせといて他に好きな奴が出来たから用済みってことかよ。俺の気持ちは―
―」

 黛は言葉の途中で口を閉ざす。じろりと睨まれ、俺は視線を逸らしたくなった。…でも、今は逸らしちゃだめだ。ちゃんと向き合わないと。

「俺のことが好きなわけでもないし、ゲイでもないのに付き合ってくれたことは感謝してる。……でも、黛だって俺のことなんて考えてくれたことないじゃないか」

 冷たくされても浮気されても今まで我慢できた。黛のことが好きだったから。でも付き合い続けても黛は変わらないだろう。今考えると白川はきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
 黛はむっつりと口を閉ざしたままだ。これから誰でも呼び放題、好き放題できるのに何でそこまで嫌そうにしているんだ。まるで、別れたくないと言われているみたいだ。そんなことあるわけないのに。

「…荷物は、今度取りに来るから」
「おい」
「今までありがとう黛。ずっと、お前のこと好きだったよ」
「――おい!」

 俺は急いで部屋を出る。ドアが閉まる直前、俺の名前を黛が呼んだ気がした。

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