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『なにしてるの?』
『おまえ、おれが見えるのか』
『見えるよ。当たり前じゃん』

 まだ年齢が一桁だった俺。自分より何倍も大きいそれを見て、首を傾げた。それの口がにいっと笑うと、俺に手を伸ばす。じっとその様子を見ていたが、突然その手が引っ込められる。それは俺の後ろを見ていた。

『かずひろくん、何してるの?』

 幼少期よく遊んでいた――もう名前も顔も分からない数人が俺を見て訝しげな顔をする。俺はそれを指さした。

『僕、このおじさんと喋ってたんだよ』
『おじさん? 何言ってるのかずひろくん』

 俺はそれを見上げた。それの表情は良くわからなかった。







「おおい、かずひろー」

 ずしりと背中に何かが乗り、俺の意識はふっと浮上した。

「え?」
「お、起きた」

 背中がひんやりとする。体温を奪われるくらい、冷たい――俺は恐る恐る後ろを振り向いた。ハジメの顔が視界いっぱいに映って危うく叫びそうになった。俺は周りに不審に思われないようにさっと顔を戻す。ここは大学の講義室だ。……何でハジメがいる。

「近藤起きた? 帰ろうぜ」

 千草が教科書を鞄に突っ込みながら俺に視線を遣る。俺は平静を装いながら頷いた。

「へー、ここが大学ってやつなのかあ」

 どうやらハジメの住むところには大学というか教育機関なんてものがないらしく、きょろきょろと周りを見回している。なあなあと肩を叩いてくるが、やめてほしい。俺との約束を忘れたのか。

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