10

 結局。たらふく食って腹を満たした俺は、礼を言い、送ると言う高宮に断りを入れて別れた。勿論細心の注意を払って遠回りをして帰路に就いた。俺はポストの中身を見て、首を傾げる。宛先がない。送り先も、ない。真っ白な――まるで買ってきたばかりの新品のようなそれに妙な違和感を覚えた俺は、辺りを見回す。視線を感じた気がした。しかし視界に入るのは井戸端会議でもしているのであろうオバサン連中。俺はじっと見ていてこちに好奇な目を向けられたら嫌だと思い、視線を外した。一瞬だけこっちに向いた視線は、すぐに外されることとなる。
 これ以上不審な行動はできない。俺は汗ばむ手で真っ白な封筒を握り、鍵を差し込む。

「……あ?」

 鍵が回らない。まさか、壊れたなんてことはあるまい。嫌な予感が俺を襲う。どっと冷汗が出てきて、震える手で恐る恐る反対に回した。カチャリ、と音がする。そうしてもう一度反対に回して、カチャリ。鍵を外し、レバーハンドルを握った。そして僅かに下げ、ゆっくりと引く。今度は鍵ではなく、ドアのあく音がした。俺はハッとして手を引っ込める。
 鍵を掛け忘れた…? いやそんなはずはない。俺は毎日、ちゃんと確かめている。なら鍵をかける方向をど忘れした? いやそれもない。何回鍵を掛けてきたというんだ。それなら。それならば考えられるのは。
 ひんやりとしたものが背中を伝う。なんだ。なんなんだ今日は。

「あの」
「っ!?」

 びくり、と俺は情けなくも魚のように体を跳ねさせた。勢いよく振り返ると、フードを被った眼鏡の男が立っていた。

「どうかしたんですか?」

 人好きのする笑みを浮かべたことで、俺は肩の力を抜く。

「いや、あの……ちょっと」
「もしかして、家に入れないとか?」
「あっ、いえ、そうじゃなくて……だ、誰かが」

 するりと口から零れ出てしまった言葉にあっと口を閉ざす。きょとんとした男は瞬時に真剣な顔つきになった。

「……空き巣、ですか」
「……なっ」
「…実は僕も、先日被害に遭いまして。なんでもこの辺をうろつく不審者がいるらしいんですよ」
「そっ、そうなんですか」

 知らなかった。こんな住宅街で空き巣の被害があるなんて。

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