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 ――なんでだろう。急に広樹くんの顔を見るとどきどきするようになってしまった。さっきの冷たい顔とのギャップのせい? まともに顔が見られない。

「陽一、どうし――」

 広樹くんが顔を覗き込んで、ぴしりと固まる。そしてぽっと顔が赤くなった。僕の顔も熱を増す。

「……やばい。ね、キスしていい?」
「ええっ!?」

 やばいのは広樹くんの方だ。店の中でサングラスを外したので、今は綺麗な目を細め、照れながら笑っている状態だ。漫画ならば、きらきらとしたエフェクトがかかっているだろう。

「いや、あの」
「だめ?」
「だ、だめだよ。だって、ここ公共の場だし。人目が」
「人目がないところだったら良いってこと?」

 あっ。僕ははっとする。そういえば、広樹くんとキスすること自体に嫌悪感はない。――ということは、もしかして。僕は漸くそこで自分の気持ちに自覚した。

「ひっ、人目のないところだったら……」

 言うのも恥ずかしいし、声が裏返ってしまった。広樹くんは、えっと動揺した声をあげると、目を丸くして僕を見た。っそして、次の瞬間には笑顔になる。再び周りにきらきらしたものが飛び散った。

「陽一、それって期待していい?」
「……うん」

 僕は肯定した。蚊の鳴くような声だった。

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