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 僕の心が躍っていたのは、目当ての本を取った時までだった。

「あ、七瀬じゃん」

 最近いやに耳にする声。僕はゆっくりと声がしたほうに顔を向けた。例のクラスメイトが僕に近寄ってきていた。

「偶然じゃん」
「あ、そ、そうだね」

 僕は口を引き攣らせて笑うと、ちらりと周囲を確認する。広樹くんは自分の欲しい本を探しにほかの棚に行っている。ここで鉢合わせたらやばい気がする。

「あ。それ今日発売のやつじゃん」
「う、うん」
「なに、買うの」
「うん」

 ふうん、とどうでもよさそうな返事が返ってきた。実際、興味がないんだろう。なら訊かないでほしいけど。というか、早く去ってほしい。なんでここに残るんだ。

「…えっと、何か探してるの?」
「別に。今から帰るとこだし」

 そう言って、クラスメイトは袋を掲げた。その袋はこの店のもので、クラスメイトが嘘を言っていないことが分かる。……良かった、じゃあ、会わないだろう。僕がほっとした瞬間。

「陽一、どう? 本あっ――」

 後ろから僕を呼ぶ広樹くんの声が不自然に途切れた。僕の目の前にいるクラスメイトの顔が一変する。

「……高木」

 広樹くんが呼んだことで、このクラスメイトが高木という名前だということを思い出した。

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