19

「――夢…」

 はあ、と息を吐く。心臓はどきどきと煩く鳴っている。……あんなに冷たい顔をした広樹くんは初めて見た。あんな顔を現実で向けられたらと思うとぞっとする。

「からかわれてる……か」

 それは考えてなかった。その可能性もあるんだ。……でも考えたくはなかった。広樹くんのあの眩暈がするほどの甘い笑みが嘘だとは思いたくない。

「陽一、凄い音したけど大丈夫?」

 コンコン、とドアがノックされ、母さんが心配そうに声をかけてくる。

「あ、だ、大丈夫」
「そう? 朝ご飯できてるからね、降りてきなさい」
「うん」

 足音が遠ざかっていく。僕は起き上がって、ベッドに手をつき立ち上がった。
 パタパタと服の中に風を送る。時計を見ると、いつもより起きるのが遅かった。だけどあんまり寝た気がしない。そして、ベッドから落ちたので体が痛い。
 部屋を出ると、リビングに向かう。

「おはよう」
「……おはよう」

 僕の顔を見た母さんは、眉を顰める。僕はそっと席についた。

「陽一、顔色悪いけど大丈夫?」
「え、嘘、悪い?」
「うん。熱は――なさそうね」

 母さんが僕の額に手を当てる。僕はそれをぼんやり眺める。手が離れていくと、僕は苦笑した。

「ちょっと夢見が悪かっただけだよ」
「あら、そうなの?」

 頷くと、母さんは少し心配そうな顔をしていたけど、それ以上何も言わなかった。僕は手を合わせて箸を手に取った。

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