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 ボタンを押す。やってきた店員は男性だったのでほっとする。注文を終えると、城野がサングラスに手をかける。周りの女の子――女性全員がどきどきとこちらを窺っている。なんだか俺もどきどきした。城野の顔なんて、何度も見たのに。顔がすべて露わになった時、きゃあっと甲高い声が色んな所から聞こえてくる。何度も見た顔なのに、どうして俺はこんなにどきどきとしているのだろう。どうだ、かっこいいだろうと自慢したくなってしまうのだろう。俺は自分の知らない感情に戸惑うばかりだ。なのに城野は、いつも通り。涼しい顔をして、俺だけを見つめる。少しだけ気分が良かったなんて、認めたくない事実だ。
 ほどなくして料理が運ばれてくる。注文してからそんなに時間が経っていないような気がするんだけど…!? まさか…!? いや、そんなことないはず…と思っておこう。
 俺は目の前に置かれた煮込みハンバーグにごくりと喉を鳴らす。うまそう。ファミレスだからと侮っていた。ちらりと見ると、ドリアもなかなか美味しそうだった。視線に気づいたらしい城野がにやりと笑ってスプーンで一口掬う。湯気が一瞬勢いを増して宙へ消えていく。

「欲しいか?」

 ほれほれ、と俺の口元にスプーンを持ってくる。俺はどきっとする。無意識に口が開いてアツアツのそれが中に入ってくるのを覚悟したら――すいっとスプーンが遠ざかる。口元に遣られた一口は城野の口の中へと消えて行った。

「変なことしたら関係解消されてしまうからな。気を付けねーと」

 ……っは! そうだった…! 俺はなに自然と受け入れようとしていたんだよ……! かあっと顔が熱くなる。ばっと顔を押さえると、城野は目を見開いた。俺の反応が意外だったようだ。……俺も自分が自分で信じられない……!

「お、おいおい…その反応は反則だっての」

 向かい側では同じように顔を覆っている城野。指の隙間から覗く肌は赤く染まっている。俺は恥ずかしくなって俯いた。普通にしないと、また誤解されるっているのに…何やってんだ、俺は!

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