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「馬鹿だろ」

 心底呆れた表情の辛島にかちんとくる。俺は思い切り辛島の頬を殴りつけた。

「っ!?」

 目を見開いて頬を押さえる辛島。俺はずきずきする拳を開いた。初めて人を殴った。これが殴った時の痛み。
 そして辛島の手を見る。血で赤く染まっているだけでなく、擦ったような痕がいくつか見られる。

「殴ったら手が痛い…。殴られても痛い。辛島にはそんな思い、してほしくない」
「…関係ないだろお前には」
「っ関係ある! 俺が傷つかないで欲しいって、思ってるから…」

 辛島が探るように俺を睨みつける。ごくりと唾を飲み込んで、ぎゅっと辛島の手を両手で包み込んだ。ぴくりと反応する痛々しい手。

「吉沢さんにフラれた、って聞いて…俺、安心した。さっきは見たこともない辛島の顔にビビったし、それに寂しかった。ずっと辛島のこと考えてるし…、えっと、俺…」

 辛島は黙って俺の話を聞いている。

「この気持ちがなんなのか分からない。それに俺はまだ覚悟がなくて…」
「覚悟? なんの」
「辛島と付き合う覚悟っていうか…」

 俺は清水に聞いたことを簡潔に説明する。辛島は馬鹿にしたような顔で俺を見た。

「別にそこまで考える必要ないんじゃないの。付き合ったら絶対結婚しないといけない決まりだってないだろ。まあ後になって後悔はするかもしれないけど」
「…辛島はいいのか、それで」
「いいから言ってんだろ」
「……そうか」

 そういえば清水もこれは自分の考えとかなんとか言ってた。辛島は未来のことまで考えなくていいって思っているのか…。

「…俺、ちゃんと辛島のこと、考える。今お前に対する感情が何なのか…ちゃんと」
「ああそう」
「だから、辛島も…危ないことはやめてくれ」
「…分かったよ」

 辛島は苦笑した。それから俺たちは久しぶりに一緒に帰った。…と言ってもすぐに別れたけど。俺は何だか嬉しくて、一人でにやにやとしていた。

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