16

「それで、眠れなかったの?」
「…まあ」
「お兄ちゃんそんなに繊細だった?」
「それだけ衝撃だったんだよ」
「そうかなあ」

 奈々美は訝しげな表情のまま首を傾げる。俺は動揺を悟られないように大きく頷いて奈々美の横を通り過ぎる。洗面所へ入って鏡を見る。奈々美の言う通り、目が死んでいる。黒目の半分が瞼で覆われてるし。瞼を摘まんで引っ張ってみるけど無駄だった。
 蛇口を捻って水を出す。ばしゃばしゃと水を顔にぶっかけてタオルで拭く。髪についた水滴を振り払って、息を吐いた。顔を上げて、両頬をばちんと叩く。鏡の中の自分と見つめあい、洗面所を出た。

「ああ、慧。もうご飯出来てるからね」
「はーい」

 母さんの言葉に返事をし、自分の部屋に入る。さっさと着替えよう。奈々美と一緒に朝ごはんを食べたいからな。
 












「くそう…」

 部屋を出ると奈々美はすでに完食していた。もうちょいゆっくり食べてくれていたらよかったのに。まあいい。今日は食べられなかったが、明日は食べられるはずだ。
 下駄箱で靴を履き替え、教室へ向かう。どきどきと心臓が騒ぎ出す。辛島はもう来ているみたいだった。しっかりしろ、俺。やればできるぞ俺。自分を奮い立たせ、一歩一歩進む。

「……っは!」

 前方数メートル先に辛島の姿がある。辛島は目立つから、間違いない。俺は早足でその後を追う。近くまで行くと、辛島は立ち止まった。振り返り、無表情でこっちを見る。

「か、辛島」

 「話が、あるんだけど」顔が見られない。俯いてぼそぼそと言うと、冷めた声が降ってきた。

「俺はない」
「なっ…」

 顔を上げると、辛島は俺に背を向けていた。

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