3

 静かな廊下。窓から入ってくる夕日で全体がオレンジに染まり、その神秘的とも言える空間を俺たちは黙って歩いていく。先程のことだけがぐるぐると頭を占めていて、話題を探す余裕なんてなかった。
 ……しかし、話さないと不審に思われてしまう。どうしよう、と焦りながら乾いた唇を一度舐める。

「委員長って面倒だよなー」

 こんな話題しか思いつかなかった。
 はあ、と大袈裟な溜息を吐くと、前を向いていた顔がこっちを向く。

「なってしまったのは仕方ないだろ。諦めろ」
「なってしまったっていうか…させられたというか…」

 これからも色々しなければいけないと考えてげんなりすると、尚志は輝かしい笑みを浮かべて、頑張れよ、委員長と言った。嫌みなその笑みでさえも、俺の心臓は激しくなる。
 …くそう、格好いいなあ、やっぱり。
 その後もいつものように軽口を言い合っていると、いきなり真剣な顔をした尚志。嫌な予感に冷や汗が流れた。

「なあ、あのさ」
「ん?」

 平静を保って返事を返す。尚志はそれきり黙ってしまい、俺は焦る。もしかして、何か変な反応をしてしまったのか。
 軽蔑するような視線を向けてくる尚志の姿が容易に想像できて、俺の心は恐怖に染まった。

「な、何だよー。そんな真剣な顔してさ。何か悩みか?」

 精一杯笑みを浮かべたが、引き攣っているかもしれない。尚志は俺をじっと見る。探るような視線に、先程の言葉が脳裏に浮かぶ。
 『しかも時々尚志を見る視線が熱いっつーかさ。もしかして大樹って尚志のこと好きなんじゃね?』
 ――まさか。疑っているのか、俺を。

「同性愛ってどう思う?」
「え…」

 嫌な空気が流れた。流石に自分のことを好きなのかとは問われなかったが、それに近いものを感じる。

「な、何言ってんだよ、いきなり」
「いや、別に。お前ならどう思うかなって」
「……いいんじゃねえの? 本人たちがよければ」

 俺には関係ないことだしな、と笑って当たり障りのないことを言う。何とか隠し通さなければ。
 尚志は黙ったままだ。…早く、早く何か言ってくれ。緊張と恐怖で押し潰されそうだ。

「……そうか」

 小さく呟いて、それきり尚志は一言も喋らなかった。








 と、まあこんなことがあったのだ。過去の出来事をぼんやり思い出していたら、尚志が放った言葉に目を丸くする。

「――え、仲直りした?」
「おー」
「良かったじゃん」

 笑顔を浮かべると、照れくさそうにはにかんで頷く。幸せそうだ…。
 チリチリ痛む胸を無視して携帯を開く。先程ランプが光っているのに気付いた。新着メールが一通届いていて、それは他校の友人だった。内容は合コンしようぜ、というもの。合コンねえ…。そろそろこの想いを切ってちゃんと恋愛をしたいという気持ちは充分ある。少し迷い、勢いのまま了解のメールを送った。
 よし、頑張ろう! これで彼女が出来れば、自分を変えれる気がするし!

「何ニヤニヤしてんだよ」

 訝しげな顔で俺を見ている尚志。ニヤニヤとかしてない…と思うんだけど。いや、してるかもしれない、無意識に。

「高野から合コンの誘いが来てな。俺も彼女欲しいし」
「……は?」

 返って来た反応は、俺の予想とは違うものだった。

[ prev / next ]



[back]