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 注目を浴びる中、俺は鞄を掴んだ。辛島はまだこっちを睨んでいる。先に行けということ? …このまま走って帰ろうかな。いや、絶対追いつかれる。そして面倒なことになるのは間違いない。俺は大人しく辛島と帰ることにした。
 教室を出ると、続いて辛島が出てきて隣に並ぶ。俺は傷一つない辛島を見て、さっきのは一体なんだったのか、気になった。

「あのさ、さっきの人…知り合い?」
「ゴリラのこと?」

 いやあの人一応生物学的には人間だから…。ま、想像している人は同じだからいいか。訂正するの面倒だし。

「うん」
「別に知り合いじゃない。なんかいきなり絡んできた」

「ていうか動物園に連絡しなくていいか?」真顔で言ってくる辛島は、何が何でもさっきの不良をゴリラにしたいらしい。

「動物園の人に迷惑かけるだけだからやめたれよ…。って、さっきのが初対面だったわけ?」
「さあ」

 辛島はどうでもよさげに呟いて、口を閉じた。初対面じゃなさそうだけどな。辛島が忘れているだけで、何かがあったのかもしれない。
 会話が途切れたので、二人口を閉じたまま歩きつづける。こういう雰囲気は苦手だ。だから俺は色々と話題を振るんだけど、辛島にはできない。だから辛島も苦手だ。
 辛島は何でこの学校に来たんだろう。何であの不良に勝てたんだろう。何で俺と一緒に帰るんだろう。分からない。辛島のことなんて、分からないことだらけだ。何だか悔しかった。

「…辛島?」

 は、と気がつくと、辛島が隣にいなかった。少し後ろに立ち止まっていて、ぼんやりとしている。

「おい、辛――」
「先、帰ってろ」

 辛島は俺の返事を待たずに、来た道を戻っていく。

「……は?」

 残された俺は、間抜けな声で呟いた。

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