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(No side)






 一樹は須藤が一瞥した机に視線を遣った。何枚もの書類が積み上げられている。一樹は襖が開く気配がないかを確認し、机に近づく。しかし、ちょうど机に届かない。ぷるぷると手を伸ばして何とか取ろうとしてから数分経っただろうか、指先が紙に当たった。少しだけ動く。もう一度手を伸ばし、動かす。――その繰り返しだったが、何度目かで漸く紙が畳の上に落ちた。何故ここまでして見ようとしたのかは一樹には分からなかった。しかしどうしても見なければならないと思った。
 運よく上の数枚が一樹のもとにひらりひらりと飛んでくる。裏返っているそれを手に取り、裏返した。そして、一樹は瞠目した。

「な……」

 紙には、一樹のことが書かれていた。自分が思い描いていた幸せな家庭ではない。思い出したばかりの辛い記憶だった。勿論話した記憶はない。龍崎たちも、一樹の本当のことは知らないはずだった。しかし、それが何故。一樹は困惑した。
 一樹は他の紙にも目を通す。そこに映っている写真と名前を見て、青ざめた。

「青山羽取……」

 羽取は、苗字ではなかったのだ。そして、青山というのは、一樹の父親の苗字であった。一樹の手が震える。脳裏に様々な光景が浮かび上がった。怒鳴る父親。蔑む兄。優しい母親。母親を殺した、夜を舞うように駆ける、あの。
 足音が近づいて来た。崩壊の足音であった。その足音はやがて止まり、襖を開いた。息をのむほど端正な顔立ちの男は獰猛に笑った。

「よう、帰ったぜ、死に損ない」

 あの時一樹の母親を殺したのは、血で塗れた、美しき獣。一樹は目を閉じた。頬には一筋の涙が伝った。その涙を拭ったのは、血腥い生温かなものだった。


















fin.

ということで完結です!長々とおつきあいくださってありがとうございました!
バッドエンドのような、そうでないような…。龍崎たちが最初から知っていたのかそれとも途中から、というのは皆様のご想像にお任せします。
龍崎に愛はあるのかと言われたら少し違うような気がしますね。執着に近い感情だと思います。一樹は一樹で、少しずつ依存していくのかな、と。
それでは、登場人物紹介です。

武山 一樹(たけやま かずき)

23歳。
かわいそうな子。
すべてを思い出した。

龍崎 隼人(りゅうざき はやと)

19歳。
人の肉を喰らって生きている。
一樹を繋いで飼っている。

青山 羽取(あおやま はとり)

生真面目眼鏡。一樹の実の兄。
一樹のことを憎んでいる…?

須藤(すどう)

飄々とした男。
人をどん底に突き落とすのが好き。



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