6

 羽取がいなくなり、ここは亡骸と俺と龍崎だけの空間となった。龍崎は俺の体の至る所に手を這わせる。感触を確かめているようだ。何かされるのではないかと身構えていた俺を、馬鹿にしたように笑う。

「わかんねえな」

 龍崎は舌を打つと、突然にやりと笑った。それを認識した時には、俺の体は空を飛んでいた。そのまま地面に体を叩きつけられ、痛みに眼球が飛んでどこかへ行ってしまいそうになるほど目を見開く。荒い息と煩く鳴り響く心臓。龍崎がゆっくりと近づいてくる。コンクリートを鳴らすカツカツとした音が頭に響いた。黒い靴の銀の獣が、獲物を定めて近づいてくる。――逃げなければ。俺はふらつく体をなんとか立たせ、一歩一歩と後退する。近付いてはいけなかった。もっと早くに逃げていなければいけなかった。遅すぎる後悔が次から次へと出ては消える。

「痛みはあるみてえだな」

 「…ッチ、肉の鮮度が落ちてやがる。もう食えたもんじゃねえな。羽取に処分させるか」突然地面を見たかと思うと、そこらじゅうに撒き散らかされた肉塊を見て不機嫌そうに呟いた。ぞっとするほどの狂気を思い出し、血がさあっと引いた。やはり、この赤黒いものを、人であったものを喰らっていたのだ。そして俺がいなかったら、ここにある他のものも……。
 恐怖がメーターを振り切った瞬間、体が勝手に動いた。頭では動くなと冷静に命令を出していたが、別のものに乗っ取られたかのようだった。兎に角逃げ出そうと無様に動いた。

「――っ、あ」

 そうして気がつけば俺の脚には黒い鉛が撃ち込まれていた。

[ prev / next ]



[back]